冤罪は最も深刻な人権侵害
後藤昌次郎弁護士は1988年3月29日の衆議院法務委員会で刑事補償法改正案について参考人として意見を陳述した。
後藤氏は次のように発言した。
「言うまでもなく、憲法は国民の基本的人権といたしまして、国民の生命、自由、財産、幸福追求の権利を保障しております。
これを守るのが国の任務であり、国家の存在理由であります。
この任務を守らないならば、国家の存在理由はない、有害無益である、と私は思います。
この任務に反して、国が正当な理由がないのに国民の生命、自由、財産、幸福追求の権利を奪う、そういう国家権力による犯罪、そして国家しかできない犯罪、それが戦争と冤罪であります。」
「冤罪というのは、私はあえて申し上げたいのですが、決して例外的な偶発事ではないということを申し上げたい。
なぜならば、私が体験した、あるいは学びました、多くの冤罪事件を見ますと、意図的に、少なくとも重大な過失によって無実の人間が有罪に仕立てられた場合が余りにも多いからです。
自白させるために警察、検察当局が行うのが、常套手段が、別件逮捕と、別件逮捕で捕まえた人間を警察の留置場、いわゆる代用監獄にとどめ置いて一切の情報を遮断し、朝から晩まで一日じゅうの生活を自分の管理下に置いて、完全に洗脳してうその自白に追い込むということです
別件で逮捕して証拠をつくるのである。
その証拠というのは自白であります。
そして、その自白をつくるために、捕まえた人間を社会から遮断し情報から遮断するために、絶望の孤立に追い込むために、警察の代用監獄を利用するのです。」
「そして、法廷に立てば被告に有利な証拠を隠滅する、隠して出しません。
総合的な判断をするためには、各種の証拠資料ではなくてすべての証拠資料が必要なのです。
ところが検察官は、起訴するときに手元に持っておった証拠資料を隠して出そうとしないわけです。」
「冤罪」は「国家にしかできない犯罪」。
そして、「魂の殺人」である。
冤罪に勝る人権侵害はない。
後藤弁護士は強要によって自白が創作され、冤罪がねつ造されることを強調した。
現実には冤罪には二つの類型がある。
捜査当局が「重大な過失」によって生み出される冤罪が一つの類型。
第二の類型は何らかの理由で無実の人間を人為的に犯罪者に仕立て上げるタイプの冤罪だ。
「人物破壊工作」という言葉がある。
“Character Assassination”
である。
政治的な敵対者を犯罪者に仕立て上げる。
“Assassination”とは「暗殺」のこと。
物理的な暗殺も存在するが、「暗殺」は被害、加害の関係が明白になる。
被害者である人物は人々の追慕、尊敬の対象になる傾向を有する。
“Character Assassination”=人格破壊、人物破壊は対象者に社会的ダメージを与えるもの。
社会的生命を抹殺するためにこの手法が用いられる。
日本の刑事司法の堕落と歪みを示す事例が多数表出している。
この事実を凝視する必要がある。
袴田事件では裁判所が警察による証拠のねつ造を認定した。
袴田巌氏を殺人犯人と認定する決め手になったのが
1通の自白調書、5点の衣類、自宅から発見された共布。
このすべてを裁判所がねつ造と認定した。
袴田氏は無実を主張し続けたが、拷問と言える過酷な取り調べの結果として自白調書が作成された。
しかし、拷問による自白調書に証拠能力はない。
日本国憲法は次の条文を置いている。
〔自白強要の禁止と自白の証拠能力の限界〕
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。
袴田巌氏に死刑判決を言い渡した当初の静岡地裁判決では、判決を起案した左陪席裁判官の熊本典道氏が無罪を主張したが、石見勝四裁判長と右陪席裁判官に反対されて、2対1の合議で死刑判決が決定された。
しかし、判決文では静岡県警清水警察署が作成した45通の「自白調書」のうち1通しか証拠として採用しなかった。
熊本典道裁判官がせめてもの抵抗を示したものと思われる。
冤罪が存在することを認識する必要がある。
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