難しくはないインフレ誘導政策が持つ重大な欠陥
昨年11月14日の党首討論で民主党の野田佳彦氏が衆院解散の意向を表明した。この発言を契機に金融市場の動きが大きく変化した。
為替市場で日本円が下落し、株式市場で株価が上昇した。
実はこの変化を私は『金利・為替・株価特報2012年10月29日号』ですでに予測していた。
政治状況の変化が日銀の金融政策への大きな影響を与える。
この変化を受けて日本円が下落し、株価が上昇に転じる。
この見通しを10月29日号のレポートに記述した。
11月14日以降に観察されている市場変動は、この予測が示した通りのものである。
日銀の金融緩和政策は、いわゆる「伝統的金融政策手段」の範囲内で考えれば限界に到達している。
したがって、「伝統的金融政策手段」を活用しての金融政策によっては、追加的な効果を引き出すことは難しい。
しかし、「非伝統的な金融政策手段」を用いるなら、インフレ誘導や円安誘導は可能である。
安倍政権の誕生予想は、日本の金融政策運営が禁断の領域に突入することを予想させるものであった。
もうひとつ重要なことは、日本の株価が理論的に妥当と考えられる水準よりも低い価格に位置していたことである。
日本の株価はいわゆる「下げ過ぎ」の状況にある。
「下げ過ぎ」の状況にあっても、短期的な株価変動の方向が「下落」の状況にあると、株価の「下げ過ぎ」は簡単には是正されない。
これは、バブルの時代に、日本の株価が「上げ過ぎ」の状況にあったにもかかわらず、短期的な株価変動の方向が「上昇」の状況にあったために、株価の「上げ過ぎ」が簡単には是正されなかったことと共通する。
しかし、何らかの要因で短期的な株価変動の方向が「上昇」に転じるなら、この「下げ過ぎ」の株価は修正されることになる可能性が高い。
現在の株価上昇はこの意味での、「下げ過ぎ」株価の修正局面であると考えることができる。
株価がどの水準まで上昇する可能性があるかについては、『金利・為替・株価特報』1月25日号に記述したのでご高覧賜りたい。
『非伝統的金融政策手段』を用いれば、インフレ誘導は可能であると書いた。
どういうことか。
「アベノミクスの誤り正す真の処方箋はこれだ」
に記述したが、次のようなことだ。
日本銀行が日本銀行券を無尽蔵に用意する。
これを全国の銀行、全国自治体などの窓口、あるいは鉄道各駅や全国コンビニ店頭に山積みにする。
横に一枚の紙を置く。
「ご自由にお取りください」
これでよい。
間違いなく物価は上がるだろうし、日本円は急落するだろう。
これは、ものごとの本質を理解するために極端な例をあげたものだが、この方向の政策対応を「非伝統的金融政策手段」と呼ぶ。
この「非伝統的金融政策手段」を用いれば、インフレ誘導や円安誘導は可能になる。
しかし、私は「非伝統的金融政策手段」の活用に反対である。
「伝統的金融政策手段」と「非伝統的金融政策手段」の相違がどこにあるのか。
それは、「伝統的金融政策手段」が日銀資産の質的な劣化をもたらさないのに対し、「非伝統的金融政策手段」は日銀資産の質的な劣化をもたらす点にある。
言い方を変えると、「非伝統的金融政策手段」を用いるインフレ誘導や通貨切り下げ誘導は、中央銀行に対する信認を引下げることを通じて、これらの目的を達成しようとするものなのである。
これは、極めて大きなリスクを内包するものである。
大きなリスクとは、中央銀行に対する信認は、「ある」か「ない」かという二者択一の性格が強く、「少し引き上げる」とか「少し引き下げる」といった微調整を施せるものではないからだ。
「あの人は信用できる」、「あの人は信用できない」というのも、二者択一の判断である。「少し信用できない」というカテゴリーはなくて、「信用できる」以外は、「信用できない」になる。
中央銀行の運営において一番大切なことは、中央銀行に対する信認を維持することだ。
「通貨及び金融の調整」は「伝統的金融政策手段」の範囲内で対応するべきものである。
短期的には「非伝統的金融政策手段」が「魔法の杖」のように見えるが、長期的に必ず大きな副作用を伴う。
中央銀行の独立性の重要性は中央銀行がこの点をないがしろにしないことを期待して付与されているものである。
金融機関系のエコノミストの大半が権力に対して付和雷同の御用エコノミストであることが大変嘆かわしい。
日銀の審議委員が国会同意人事で、国会が深い見識を欠いてインフレ誘導派の人物しか審議委員として同意しないことも大きな問題だ。
日銀の白川方明総裁に対するメディアの批評は厳しいものばかりだが、日銀総裁の評価はこうした権力迎合メディアによって定められるものではない。
歴史の評価は数十年の時間が経過しなければ定まらない。
安倍政権が日本の金融政策の歴史に大きな汚点を残すことが懸念される。
続きは本日の
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