堤防の穴に指差し入れるだけで経済は再生しない
プリンストン大学のアラン・ブラインダー教授は世界のマクロ経済政策が間違っていることを指摘する。
間違いの中心は、日本、米国、ドイツの三ヵ国が財政政策を活用する余地を持ちながら、これを活用せずに、財政緊縮策に傾斜していることだ。
ブラインダー氏は、現在の世界不況をRRM型不況と表現する。
ラインハート、ロゴフ、ミンスキーの3名の学者が提唱する現在の世界不況のことだ。
ブラインダー氏はこの見解を10月4日付日経新聞「経済教室」欄に寄稿した。
タイトルは「金融危機型不況長期化へ」というものだ。副見出しには「日米独は財政拡大を」、「中銀頼みの刺激策、限界に」とある。
三名が提唱した景気後退の原因は、裏付けのない無節操な債務、レバレッジ、資産価格の膨張である。
ケインズ型の景気後退の原因は需要の減退であり、多くの場合、中央銀行がインフレ対策として行う意図的な高金利政策に起因する。
処方箋は明白で政府が需要を喚起すればよい。通常は財政政策、金融政策が組み合わされる。
RRM型景気後退は、最終的に銀行システムを中心とする金融市場の大混乱を招き、金融システムが機能不全に陥り、長期にわたる債務のデレバレッジ(債務圧縮)が迫られる。
リチャード・クー氏が述べてきた「バランスシート不況」と類似した概念である。
他方、金融政策は金利が下限に達すると有効な対策を失い、財政政策は景気対策と金融機関救済に伴う財政赤字拡大で対応力を失う。その結果、有効な政策対応が乏しくなる。
世界経済の停滞が深刻化しているにもかかわらず、有効な経済政策対応が示されていな最大の理由は、世界的に財政事情の悪化に対する「神経過敏」状態が生まれていることだ。
たしかに、南欧諸国などにおいては、国家財政の財務状況が著しく悪化して、政府の債務返済に対する不信感さえ強まっている。
これらの国に共通する特徴は、国全体の資金バランスが「資金不足」にあることだ。
これは、経常収支が赤字であることの表現を変えたものである。
経常収支が赤字であるということは、国全体の資金バランスが「資金不足」にあることを意味し、この「不足資金」は、必ず海外からの資金流入によって賄われる。
しかし、政府の財務状況が悪化し、政府に対する信用が低下すると、海外の投資家はこの国に対する資金提供を躊躇することになる。
資金供給が減少すれば、より高い金利支払いが必要になり、財政危機に見舞われた国では金利が急騰する。
金利急騰は政府の利払い費負担を増加させるため、この国の財政事情は一段と悪化する。
ギリシャ、スペインなどの南欧諸国は、このような「真正の」財政危機に直面してきた。
ところが、こうした状況が広がるなかで、財政政策発動の余地がある国までが、緊縮財政政策を強めている。
これが問題である。
財政政策対応の余力がある国とは、日本、米国、ドイツである。
ブラインダー氏は、この三ヵ国が財政政策の運営方針を修正するべきことを主張している。
ケインズ型不況に対してRRM型不況は、深刻化、長期化しやすい傾向を有している。そして、どの国も財政収支の悪化に直面するから、緊縮財政政策が一般的に強く主張されやすい環境が生まれる。
現に、日本でも米国でも、財政緊縮を求める声は強まっている。
金融システムの機能マヒに特徴があるRRM型景気後退は90年代以降の日本で経験し、2007年以降の米欧でも発生している。
財政赤字の拡大は緊縮財政政策の主張を生み出し、財政部門がデレバレッジの方向に走る。すなわち、緊縮財政が強化されがちであるのだが、この緊縮財政が事態をさらに悪化させているのだ。
このなかで、すべての政策対応が金融政策に押し付けられている。
中央銀行は短期金利を限界まで引き下げるが、それでもまだ、金融政策に対する要請は収まらない。
その結果、中央銀行がリスク資産の保有を増加させる、いわゆる「非伝統的な政策手段」が提唱されることになる。
日本でも、日銀による追加的な金融緩和政策を求める主張が一世を風靡している。
「非伝統的政策手段」は短期的にはある程度の効果を発揮するが、中期的には中央銀行の資産不健全化という重大な問題をもたらすことになる。
このリスクが的確に論議されることなく、中央銀行のなりふり構わぬ追加金融緩和政策が連呼され、あげくの果てに、「日銀が言うことを聞かないなら日銀総裁の首をすげ替える」などの乱暴な主張さえ登場して来る。
しかし、この主張はバランスを欠いている。
中央銀行は超金融緩和政策を維持するべきだが、これ以上の「非伝統的な金融政策手段」活用は有害である。長期的に大きな禍根をもたらす。
また、中央銀行を財政当局が支配することも、長期的に大きな過ちを引き起こす原因になる。
「中央銀行の財政政策当局からの独立」の重要性は歴史の教訓から生み出されてきたものである。これを安易に棄て去ることは間違いだ。
ブラインダー氏は、量的金融緩和政策第三弾「QE3」に踏み込んだ米国のバーナンキFRB議長を、堤防の穴に指を差し込んで洪水を食い止めたオランダの少年になぞらえた。
ブラインダー氏はバーナンキ氏の果敢な行動に一定の評価を与えるが、問題解決に向けての「王道」ではないことを主張する。
堤防に指を入れて堤防決壊を防ぐことは、緊急避難の対応としては是認されるが、これはあくまでも緊急避難の対応にすぎない。
指が堤防決壊を防いでいる間に、根本的な対応を取ることが必要なのである。
続きは本日の
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