消費税増税法案提出を論じる時代錯誤
麻生首相は11月11日昼、経済情勢が改善すれば2年後に消費税増税法案を提出する意向を表明した。麻生首相は解散総選挙宣言の不実行、給付金所得制限などの問題で発言の信用を著しく低下させている。
10月30日に追加景気対策を発表した記者会見で、麻生首相は3年後に消費税を引き上げる方針を表明した。その後、自民党や内閣閣僚から増税発言に対する抑制発言が広がると、経済状況を見定めて実施するかどうかを判断すると発言を後退させた。
11日の発言も経済情勢が改善することを前提としてのものであるが、2011年度から消費税増税を実施するとの政府方針が鮮明になってきた。曖昧な発言は混乱を招くだけで、2兆円の給付金支出政策も、所得制限を設けるかどうかで大混乱を招いてしまった。
この意味で発言を明確化することは重要だが、より重要なのは内容である。日本経済は急激な景気悪化に移行しつつある。11月11日に内閣府が発表した10月の街角景況感では、街角の景況感を3ヵ月前と比較した現状判断指数が前月比5.4ポイント低下し、22.6ポイントとなり、現在の調査方式が開始された2001年8月以降で最低値を記録した。
この調査は各種経済指標が一般的な景気実態を反映しにくいとの理由から開始されたもので、調査開始の経緯を踏まえると、景気実態をより正確に表示するはずのものである。その調査で調査開始以来の最低値を記録したということは、日本経済の悪化がいかに急激なものになっているかを示している。
日本政府は小泉政権以来、財政政策を全面的に否定し、財政再策に景気支持の役割を求めないことは世界の潮流とまで断言してきた。ところが、米国、欧州は、経済金融不況の深刻化を踏まえて、機動的に財政政策活用に方針を転換している。小泉政権以来の政権中枢が誤った判断を示してきたことが証明されている。
11月15日には米国ワシントンで緊急金融危機サミットが開催される。サミット議長国は日本であり、緊急サミットは日本がリードして開催するべきものだったが、日本のリーダーシップはまったく見えなかった。麻生首相が成田でのサミット開催を働き掛けたようだが、主要国首脳からはまったく相手にされなかった。
10月10日のG7、10月13日の欧州首脳会議で、緊急行動計画が示された。各国政府は金融危機を鎮静化させるために、あらゆる政策を総動員する方針を確認した。金利引き下げ、資本増強、流動性供給、預金保護、などの方針が確認されたが、財政政策の活用についても合意が得られた。
麻生政権は景気対策を決定し、発表したが、そのなかに消費税増税を提示するところに、経済運営のセンスのなさが象徴的に示されている。
追加景気対策の目玉は2兆円の給付金政策だが、各種世論調査が示しているように、国民は高く評価していない。お金の支給を受けて喜ばない人はいないはずだが、政策の理念も哲学もないことが透けて見えてしまっている。総選挙に向けて1人1万2000円の買収資金が配られると受け止めている国民が大半だと思われる。
麻生首相がポケットマネーで給付金を支給するなら、公職選挙法の縛りを除けば国民の人気を得るかも知れない。しかし、給付金と言っても元々国民が支払った税金が財源だ。税金で納めたお金を、「給付金」と「お上」から「下々」に「恵んでやる」と言わんばかりの方式で給付することに釈然としない国民も多いと思う。
10月10日のぶらさがり会見で、朝日の世論調査で6割以上が必要ないとの意見を表明したことについて聞かれると、麻生首相は「貧しいところは必要だと思っている方も多い。目先しんどくなったら、貧しいところはお金は必要」と述べた。
給付金は「貧しい人」に政府が恵みを与える「救貧政策」だと認識しているようだ。国民を「豊か」と「貧しい」に二分して捉える姿勢がそもそも問題ではないだろうか。政治の主権者は国民で、国民は自らの意思を代議士に託し、民意を受けた代議士が国会を舞台に政治を執行している。
内閣は国民の意向を代表する地位にあり、国民の上位に、国民を支配する地位に位置しているわけではない。麻生首相の言葉からは、政府が国民の上位に位置して、国民に対して上から施策を検討していると受け取れる発言が目立つ。
経済状況の急激な悪化で多くの国民が厳しい状況に直面している。国民の経済的困難は景気循環によってもたらされたものではない。小泉政権以降の自公政権が市場原理主義=新自由主義の経済政策を日本に強制した。もっとも重要な変化は労働市場に生じた。非正規雇用労働者の激増、まじめに働いても年収が200万円に届かない勤労者の激増、などの変化が国民生活を激変させた。
母子世帯、高齢者世帯、などに対して、政府はきめ細かい政策を実施する責務を負っている。障害者の生活は障害者自立支援法により、一段と厳しい状況に追い込まれた。老後の生活を支える年金の管理の杜撰さが多くの高齢者の生活を破壊している。後期高齢者医療制度が高齢者の尊厳をどれほど傷つけているか。
弱肉強食奨励、格差拡大推進、セーフティネット破壊の経済政策が国民生活を追い詰めてきた。そこに、急激な景気後退が日本を襲っている。
いま求められる政策は、経済政策路線の抜本転換である。市場原理主義を排除して、すべての国民の生活を守る方向に経済政策の基本を振り向けるべきだ。労働市場の制度変更が急務である。同一労働同一賃金制度の迅速な導入など、抜本策が求められている。
高齢者、障害者、母子世帯、中小企業などに対する、社会のセーフティネットを強化することが求められている。また、すべての国民に教育の機会を保証する、学費に対する助成が求められている。
社会保障関係支出は政府の方針で、毎年度2200億円削減されることが決められている。そのために、必要不可欠な政策が切り込まれてゆく。2兆円の財源があるなら、社会保障費の削減を回避する施策、所得の少ない世帯に対する教育費の助成、国民が必要不可欠な医療を受けることができるための政府支出、などに有効活用する方が望ましい。
同時に、消費税増税をこの時期に打ち出すことは理解できない。増税を実施する前に特権官僚の天下り利権を排除することが不可欠である。麻生政権は特権官僚の天下り利権を排除する考えをまったく持っていないと思われる。財務省の天下り利権は完全に擁護されている。
日本政策金融公庫、日本政策投資銀行、国際協力銀行、商工中金、農林中金、などへの天下り構造には、まったく手が入れられていない。特権官僚の天下り利権を排除しないまま一般国民に大増税を押し付けようとしても、国民が同意できるはずがない。
麻生政権が経済政策の路線を転換し、官僚利権を根絶する方向に舵を切るなら、経済悪化が加速する状況下で、政策運営を持続することにも同意が得られるかもしれない。
しかし、現実にそのような方針はまったく示されていない。よく吟味もしていない政策を思いつくまま発表し、発表した途端に政権内部から異論が続出する姿は、政権末期のものである。
麻生首相が国民のために政治が存在すると考えるなら、迅速に総選挙を実施することが何よりも求められる。経済悪化が加速するなかで、多くの国民が不況進行の犠牲になってしまう。国民の視点でものを考え、国民の視点で政策が打ち出されないなら、多くの同胞が悲惨な厳冬を迎えなければならなくなると思う。
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