FRB8月5日利上げの可能性
ドルの不安定性と原油価格高騰は洞爺湖サミット経済討議での主要議題だったが、サミットで即効性のある具体策は提示されなかった。G7会合と異なり、サミットには中央銀行総裁が出席しない。原油価格高騰とドル下落不安は金融政策との関わりが深く、中央銀行総裁が不在では、政策論議を深めることが難しい状況だったとも言える。
6月30日付記事「バーナンキFRB議長の憂鬱」、7月5日付記事「洞爺湖サミット原油高対策の有効性」でも指摘したが、原油価格高騰とドル下落不安の背景に、昨年から今年にかけてFRBが実施した急激な利下げがある。
本年3月の米国大手証券ベア・スターンズ社経営危機表面化は、信用秩序維持の観点から最も警戒される「システミックリスク」が顕在化したものと米国政策当局は判断した。「システミックリスク」とは、大手金融機関の破綻を契機に、連鎖的に破綻が広がり、金融市場が機能不全に陥るリスクだ。
「システミックリスク」が顕在化する局面では、政策当局は危機回避を最優先課題に位置付ける。一種の「非常事態」=「有事」であるとの認識の下に、政策が総動員される。
今回の危機では、FRBが政策金利を大幅に引き下げるとともに、290億ドルの特別融資を実行した。証券会社の経営危機が表面化した場合の破綻処理スキームが確立されていなかったが、FRBは緊急避難的に大胆な措置を実行した。
米国は辛うじてベア・スターンズ危機を克服できた。しかし、バーナンキFRB議長は金融市場の混乱に動揺して、金融政策運営を昨年年末までの「慎重な利下げ政策」から「大幅利下げ断行」の方向に大きく転換した。年初に4.25%だったFFレートは4月末には2.0%に引き下げられた。
大幅利下げはシステミックリスクを回避するために実行されたのだが、この大幅利下げ政策が大きな副作用をもたらした。5月以降、原油価格高騰が激しさを増して、インフレの脅威が広がったのだ。
米国は巨額の経常収支赤字を計上しており、巨額の資本が海外から米国に流入することで、経済活動が支えられている。FRBが大幅利下げを実行し、原油価格高騰とともにインフレ懸念が高まれば、ドル資産からの資本逃避が発生しかねなくなる。これが、潜在的な米国の最大のアキレス腱である。
7月初旬にポールソン財務長官が欧州を歴訪したのは、7月3日のECB(欧州中央銀行)による金利引き上げが確実視されるなかで、これがドル急落の引き金にならないように、ECBのトリシェ総裁と政策のすり合わせをするためだったと考えられる。
ポールソン財務長官は7月2日にロンドンで講演し、米国経済が、①資本市場の混乱、②住宅市場の長引く調整、③エネルギー価格の上昇、の3つの問題に直面していると述べた。このことを私は『金利・為替・株価特報』、ならびに本ブログで繰り返し指摘してきた。
本年1-3月期に、「①資本市場の混乱」が重大な局面を迎え、FRBによる「特融」実施と大幅利下げが断行された。しかし、インフレ問題と離れて決定された大幅利下げが、副作用として「③エネルギー価格の上昇」=「インフレ問題」を拡大させてしまった。
米国政策当局は現在、表面的には1-3月期の政策対応を正当化する説明を対外的に発表しているが、本心では、この間の政策対応を反省し、修正作業を精力的に開始したと私は判断する。
NYダウは昨年10月9日の史上最高値14,164ドルを起点に、昨日7月9日の11,147ドルまで、3017ドル、21.3%下落した。
その下落を3つに区分できる。第1は、昨年10月9日から11月26日の12,743ドルへの下落で、サブプライム問題表面化を背景としたものだった。FRBは慎重な利下げ政策で対応した。
第2は、昨年12月10日の13,727ドルから本年3月10日の11,740ドルへの下落で、システミックリスク顕在化を背景にしたものだった。FRBは大幅利下げと290億ドルの「特融」実施で対応した。
第3は、5月2日の13,058ドルからの下落で、背景は原油価格高騰とFRBによる金融引締め政策に対する懸念である。
私は『金利為替株価特報』5月24日号タイトルを「原油価格上昇で米国株式市場に暗雲」とし、6月7日号タイトルを「FRBインフレ回避利上げケース考察」として、原油価格高騰-金融引締め観測浮上を背景とする株価下落見通しを発表した。
洞爺湖サミットで、「投機資金に対する監視強化」が首脳宣言に盛り込まれたが、マクロ経済政策の裏付けを伴わない監視強化は持続的な効力を発揮しない可能性が高い。
現在の米国のマクロ経済政策で、投機資金に原油価格上昇の口実を与えているのは、明らかに超緩和の金融政策である。5月の米国消費者物価上昇率は前年同月比4.2%だった。2.0%のFFレートは-2.2%の実質短期金利を意味している。この状況を放置して「原油高対策」を唱えても迫力を伴わないのは順当だ。
昨年12月から本年5月にかけての「サブプライム金融危機」への政策対応では、FRBとECBに大きな温度差があった。短期金利の大幅引き下げを実行したFRBに対するECBの振る舞いは冷淡とでも言うべきものだった。
昨年12月、本年3月、5月と3度にわたって、ECBはFRBとともに「緊急流動性供給策」を決定したが、金利引き下げ政策には見向きもしなかった。
ECBは、①金融不安には流動性供給、②インフレには金融引締め、で対応する大原則を崩さなかったのだ。インフレ抑制を金科玉条としたドイツ・ブンデスバンクの伝統がECBに引き継がれているとも言える。
ECBは6月24、25日に、FRBがFOMCで「金利引き下げ中断」と「政策運営の軸をインフレ抑制に回帰させること」を決定したことを確認したうえで、7月3日に13ヵ月ぶりの利上げを決定した。
ユーロ圏の6月消費者物価上昇率は前年比4.0%に跳ね上がり、政策金利の4.25%への引き上げは正当な政策と評価される。13ヵ月間、利下げ方向に政策方針がブレる気配をまったく示さなかったことの正当性が、結果的に立証されたと言える。
FRBは、原油価格高騰持続とドル不安が「世界経済の重大な試練」となっている現状を見つめながら、本年1-4月の短期金利引き下げに大きな問題があったことを認めないわけにはいかない状況に追い込まれている。
この現実を直視して、いま、精力的に政策修正に動き始めた。1-4月の政策決定が間違いではなかったとの「正当性についての弁明」を示した上で、引き下げ過ぎた短期金利を適正な水準に再引き上げする準備が進行していると判断する。
その手順は以下の通りだ。
①本年1-4月に米国はシステミックリスク顕在化の局面に直面した。
②危機の主体は投資銀行で破綻処理スキームが確立されていなかった。
③FRBは大幅利下げと特別融資実施で対応し、危機を回避した。
④短期金利を適正な水準以下に引き下げたが、システミックリスク回避の重要性を考えれば、間違った政策対応だったとは言えない。
⑤しかし、低下しすぎた短期金利がインフレ心理を増幅しており、再引き上げを検討することが求められる。
⑥短期金利引き上げを実現するには、投資銀行の経営危機に際しての政策スキームを確立することが必要である。
⑦政策スキームを確立したうえで、短期金利の再引き上げを実行する。
FRBがインフレ抑制、ドル暴落回避の政策スタンスを、金利引き上げ政策によって明示すれば、原油価格高騰とドル下落リスクは後退することになると考えられる。
米国経済の低迷は長期化する可能性が高いが、長期の成長持続シナリオを実現するには、インフレ懸念をしっかりと払拭することが優先されるべきとの考え方が再確認されつつあると考える。
ポールソン財務長官は米国最大手投資銀行ゴールドマン・サックスの経営トップを経験した人物である。上述したFRBの政策判断を正確に理解する能力を有している。FRBの政策修正がポールソン財務長官の示唆によって誘導された可能性さえ否定できない。
ゴールドマン・サックスは小泉政権による外国資本への巨大利益供与政策問題の中核に位置する企業であり、この点については別途論じなければならないが、短期の経済政策運営の視点から言えば、FRBとブッシュ政権の間の意思疎通が円滑であることは重要だ。
政治の世界同様、経済金融市場も一瞬先は闇だ。今後の原油価格、経済指標、株価・為替レート推移、国際政治情勢(地政学上のリスク)などによって、シナリオはいつでも激変し得る。断定的に予測することは不可能だが、私は8月5日のFOMCでFRBが利上げを決定する可能性が50%を超えていると判断している。利上げ幅が0.5%になることも十分にあり得ると考える。
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