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2008年6月

2008年6月30日 (月)

バーナンキFRB議長の憂鬱

  

NY株価の下落が続いている。『金利・為替・株価特報』では、067号=2008年5月24日発行号のタイトルを「原油価格上昇で米国株式市場に暗雲」として、原油価格上昇に連動する株価下落への警戒を呼び掛けた。

  

068号=2008年6月7日発行号は、タイトルを「FRBインフレ回避利上げケース考察」として、株価見通しを公式に修正し、NYダウの10,500ドル水準までの下落を警戒する必要性を示した。

  

  

以下は、068号からの引用である。

「NYダウが本年5月2日の13,058ドルを起点として、株価下落第2波動に移行する場合、昨年10月9日から本年3月10日の株価下落第1波動の下落幅2424ドルをあてはめると、10,634ドルまで下落することになり、NYダウの10,500ドル近辺への下落を想定しなければならなくなる。

  

 5月2日以降にNYダウが株価下落第2波動に移行したとする場合、その基本的な背景は米国におけるインフレリスクの高まりである。原油価格が1バレル=135ドルに上昇し、FRBがインフレリスクを無視できなくなり、これまでの金融緩和政策を修正せざるをえない状況が生じたことが、株価調整第2波動の背景になる。」

  

  

 チャート上の分析になるが、私はNYダウについて、12,500ドルを重要な節目として捉えてきた。

  

  

 067号=2008年5月24日発行号には、以下の通り記述した。

    

「5月23日にはNYダウが終値で12,479ドルまで下落して、この節目を下回った。

この水準からNYダウが反発して上昇すれば、株価底入れ仮説は揺るがないが、NYダウが12,500ドルを大きく割り込むと、本年1、3月の安値でNYダウがダブルボトムの底値を形成したとの仮説が揺らぐことになる。

  

昨年10月9日の14,164ドルから本年3月10日の11,740ドルの下落を株価下落第1波動とし、本年5月2日の13,058ドルを起点に株価下落第2波動が始動するとの悲観的な観測も生じかねなくなる。」

  

  

6月6日にNYダウが前日比394ドル急落して12,209ドル水準まで下落した。この株価下落を踏まえて、当面の株価見通しを下方修正した。本ブログ6月16日付記事当面の内外経済金融情勢の展望」にも、関連する記述を示した。

  

  

その後、NYダウは一進一退を繰り返しながらも下落基調を示し続け、6月27日には終値で11,346ドルまで下落した。本年3月10日の安値11,740ドルを下回り、2006年9月以来、1年9ヵ月ぶりの安値を記録した。

  

  

米国経済は三つの問題を抱えている。根本にあるのが不動産価格の下落だ。6月24日発表の4月のS&Pケース・シラー住宅価格指数では、全米主要10都市の1戸建て住宅価格が前年比16.3%下落して1987年の調査開始以来最大の下落率を更新した。不動産価格下落に連動してサブプライムローンを中心に不良債権が激増し、金融機関の経営不安が表面化した。不良債権増加に伴う金融市場の機能不全リスクが第1の問題点だ。

 

 

第2の問題は、不動産格下落に連動して米国経済が調整局面に移行しつつあることだ。米国の非農業部門の雇用者数は2008年1月以降、5ヵ月連続で減少した。住宅投資が激減するなかで、個人消費が減速し、企業収益悪化から企業の設備投資も減少傾向を示し始めている。

  

  

第3の問題は、インフレ懸念の強まりだ。とりわけ深刻化しているのが、原油価格上昇で、原油価格の指標とされるWTI先物価格は6月27日のNY市場でついに1バレル=140ドル台に上昇した。食品、エネルギーを除くコアの物価指数は落ち着きを維持しているが、先行きのインフレ懸念は根強い。

  

FRBは昨年12月までは、原油価格の高騰を踏まえて、慎重な利下げスタンスを崩さなかった。FRBは昨年8月に公定歩合を引き下げた。大手金融機関のサブプライム関連巨額損失が表面化して、金融市場に動揺が広がったことに対応して、信用収縮懸念に対応する形で公定歩合を引き下げた。

  

しかしながら、先行きに対する不安心理が根強いことを踏まえ、9月にはFFレートの0.5%幅での引き下げに踏み切った。FRBの事態悪化防止に向けての明確な政策スタンス明示を好感してNYダウは10月9日に14,164ドルの史上最高値を記録した。

    

ところが、その後、大手金融機関のサブプライム巨額損失が次々と表面化して金融市場の不安心理が徐々に強まっていった。FRBは10月と12月のFOMCで、それぞれ0.25%幅でFFレートの引き下げを決定した。サブプライム問題を重視はするが、原油価格の騰勢が持続しており、インフレ抑制に配慮して小幅利下げが実行された。

  

  

しかし、金融市場では12月11日のFRBによる金利引き下げが0.25%にとどまったことを受けて、株価下落の反応が強まった。年末年始以降、NY株価下落が世界市場に連鎖的に波及し、世界同時株安の状況が広がった。

  

  

バーナンキFRB議長は大幅利下げ方針を示唆したが、決定が遅れるなかで、1月18日から22日にかけてのNY市場休場中に世界の株価下落が深刻化する様相を示した。バーナンキFRB議長は慎重な利下げ姿勢から大幅利下げ決定に政策運営の舵を大転換し、年初には4.25%の水準にあったFFレートを、その後4月末には2.0%にまで引き下げた。

  

  

この間、3月中旬に大手証券ベア・スターンズ社の経営危機が表面化した。FRBは大幅利下げ実施に加えて、ベア・スターンズ社を吸収するJPモルガンチェースに290億ドルの緊急特別融資を実行することを決定した。この「特融」実施により、金融市場の不安心理は後退した。

  

  

上述した三つの問題のなかで、事態が悪化した時に最も深刻な影響が生じるのは、金融市場の機能不全リスク=システミックリスクだ。本年3月のベア・スターンズ社危機はシステミックリスクが表面化したケースと考えて良いだろう。FRBが問題の深刻化を回避するために、緊急避難措置を講じたことは是認される。

  

  

それでも、FRBは金融行政運営における最重要のルールである「自己責任原則」は堅持した。2003年5月の日本における「りそな銀行救済」のケースでは、日本政府はこの最重要ルールを放棄して、株主責任を問わない税金による銀行救済を実施してしまった。日本の金融行政史上最大の汚点を残すことになった。今回の米国における対応では、ベア・スターンズ株主に厳しく株主責任が求められており、日本の事例とは決定的な相違を示した。

  

  

バーナンキFRB議長は金融市場の動揺を抑制するために、「特融」実施と合わせて、大幅利下げを断行した。これらの措置の効果があいまって金融市場の危機は後退したが、副作用として、強いドル下落圧力とインフレ圧力が生まれている。

  

  

金融市場安定化のための「コスト」という側面は確かにあるが、結果的にみると、バーナンキFRB議長の政策対応がやや「右往左往」したと言えなくもない。

  

「12月11日の利下げを0.5%幅で実施すべきだったのではないか」、

  

「1月22日の利下げは遅きに失したために0.75%の大幅なものになり、その後も1月末、2月に0.5%幅での利下げを迫られてしまったのではないか」、

  

「そもそも、システミックリスクに対しては流動性供給で対応すべきで、金利政策はインフレ対応に限定し、やみくもに利下げを実施したFRBの対応は間違っていたのではないか」

  

などの批判が生じつつあるようにも見える。

  

  

ECB(欧州中央銀行)はこの間、利下げの姿勢をまったく示さなかった。米国のサブプライム問題がグローバルに波及し、欧州の大手金融機関の巨額損失、経営不安も表面化したが、ECBはFRBとの協調利下げにまったく応じなかった。アングロサクソン国である英国、カナダの中央銀行が米国と協調するかのように利下げを決定したことと、明確に一線を画した。

  

 ECBは昨年12月、本年3月、5月に、FRBと協調して緊急流動性供給策を決定して実行した。「金利は引き下げないが、流動性は供給する」というのが、ECBの流儀である。

  

  

7月3日の理事会でECBは短期政策金利を4.0%から4.25%に引き上げる見通しだ。ユーロ圏15ヵ国の消費者物価上昇率が前年比3.7%の史上最高値に上昇しており、ECBはインフレ抑制を金融政策の基本に据えている。ECBが利上げを実施すれば、ユーロには上昇圧力が生じやすくなる。米国の金融政策は一段と追い込まれることになる。

  

  

バーナンキFRB議長の任期は2010年1月末だ。残すところ1年半である。バーナンキ議長自身が、昨年から今年にかけての政策運営についての反省を自覚していると考えられる。

 

「本年1月以降の利下げが急激過ぎたことと」、

 

「金融システム対応策とインフレ対応策を、もう少し明確に区別すべきだったこと」、

  

の2点が反省点として認識されていると思われる。

  

  

しかし、これはあくまで結果論だ。金融市場の大きな混乱を回避してきているのであるから、これまでのバーナンキ議長の政策運営には、満点ではないにしても、及第点が与えられると思う。

  

 

FRBは「金融システム対応に軸足を置いた金融政策スタンス」を、「インフレ対応に軸足を置く金融政策スタンス」に修正しなければならない局面を迎えている。結論から言えば、ある程度の利上げが必要になっている。

  

  

FRBが「インフレは絶対に容認しない」ことを明示するまで、世界の投機資金は原油価格の上限をトライしてくると考えられる。利上げによって原油価格上昇とドル下落に明確な歯止めをかけることが、FRBに求められている。

  

  

しかし、サブプライム問題が残存し、米国の不動産格下落が進行し、経済悪化が深刻化している現状でのFRBによる利上げ政策は、少なからず金融市場にショックを与える。ショックが大きなものになれば、批判の矛先は必ずバーナンキFRB議長に向かう。

  

慎重な利下げ→急激な利下げ→金利引き上げへの転換、の政策変遷を示すなかで、金融市場が大きな混乱に陥れば、バーナンキFRB議長の政策手腕に対する批判が一斉に噴き出すことは想像に難くない。

  

  

現在の米国経済の状況下でのFRBのかじ取りは、誰が担うにせよ、極めて難しい。結果論で批判することは容易だ。バーナンキ議長は柔軟かつ大胆に行動し、それなりの成果をあげてきている。今後、金融市場の大きな混乱を招かずに、短期金利の上方への修正を実行し、インフレ懸念を後退させれば良いのである。バーナンキ議長はその道筋を模索していると考えられる。

  

  

FRBが利上げを実行してインフレ心理が後退するまで、グローバルに金融市場は動揺しやすい状況に置かれると考えられるが、政策の基本方向が正しく設定されるなら、大きな混乱は避けられる可能性が高いと考える。

  

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2008年6月29日 (日)

国は諫早湾潮受け堤防排水門を開門すべし

  

「神州の泉」の高橋博彦氏には大変丁重なメッセージをいただき、厚くお礼申し上げたい。6月26日付記事にも記載したが、それぞれの個人がそれぞれの思想、哲学を持つことは当然で、それらが完全に一致することはきわめて稀だと思う。しかし、世の中を変革してゆくには、大きな方向において考え方を共有できる者が力を合わせることがどうしても必要だと思う。相互に尊重し合える価値観を持つ者が力を合わせて協働することが、より大きな力を生むことにつながると思う。

  

本ブログのLINKS欄には、私が参考にさせていただいているサイト、応援してくださっているサイトを紹介させていただいている。これらのサイト主宰者と私が、思想や哲学、主張を共有しているとの意味はない。本ブログの閲覧者によっては異なって解釈されることもあるようなので、意味付けを明記しておきたい。

  

私がブログでの情報発信を始めたのは、より望ましい社会を作り上げてゆくために、微力ではあるが自分のできることをしてゆこうと考えたからである。同時に、自分の問題についても、真実、真相、深層を一人でも多くの方に伝えようと考えた。大きな運動を自分を中心に起こそうとの意図は持っていない。

  

「カナダde日本語」の美爾依さんには、いつも貴重でありがたいメッセージを賜り、心から感謝している。日本の政治はいま、とても大切な局面に差しかかっている。そのなかで、日本の世直しを実現するために、大きな意味で同じ方向を目指す人々が力を合わせて、求められる変革を実現するため手を携えることが重要だとの美爾依さんのお考えに私も賛同する。まったく微力ではあるが、私も一市民として自分にできることを実行して参りたいと考えている。

  

私が巻き込まれた事件に関して、私は公判においても、真実のみを述べてきた。私の記憶することをありのままに嘘、偽りなく述べてきた。98年、04年、06年の事件についての概要も拙著に記した。警察、検察を含む政治権力は公判に際して、マスメディアを動員して、私に対する負のイメージを植え付けるために大がかりなイメージ操作を実行した。私が有罪であるとの印象を植え付けたいと考える勢力は、そのイメージ戦術を多用し、現在も活動を展開しているように思われる。しかし、これらのイメージ操作は事件とは基本的に関係がない。

(追記)また、私の個人的嗜好に不適切な偏りがあるかのような執拗な人格攻撃が続けられているが、そのような事実はまったく存在しない。いずれ何らかの方法で真実を明らかにしたいと考えているが、執拗な攻撃を続ける勢力は、悪質なイメージ操作の一環として断片的な情報を振りかざして人格攻撃を続けていると考えられる。

  

私は、真実だけを述べ、そのなかで自分の無実潔白を一貫して訴え続けている。04年事件においては、品川駅の防犯カメラ映像が私の無実を客観的に証明する絶対的証拠であったはずだが、捜査当局によってその映像は隠蔽されてしまった。06年事件では、私の無実をはっきりと証明する証人が登場してくださった一方で、検察側証人の証言内容に重大な疑惑が多数存在することが明らかにされた。

  

客観的に私の無罪は証明されていると私は考えるが、裁判所は不当判決を示した。裁判所も政治権力の一端を担っており、正当な裁判がこれまでのところは行われていないと私は判断している。

 

 

6月27日、国営諫早湾干拓事業で有明海の漁場環境が悪化したとして、沿岸4県の漁業関係者らが国に潮受け堤防の撤去や南北排水門の常時開門を求めた訴訟の判決が佐賀地裁であり、神山隆一裁判長は、諫早湾とその近隣の環境変化や漁業被害と水門締め切りとの因果関係を認め、開門を命じる判決を言い渡した。

 

「晴天とら日和」様は、天下り問題年金記録問題をはじめ、重要な時事問題について、いつも数多くの貴重な情報とご意見を提供してくださっているが、諫早湾干拓漁業被害訴訟についても、情報を提供くださっている。

  

佐賀地裁判決に触れる前に、ひとつ補足だが、「晴天とら日和」様が年金記録問題に関連して、2007年12月12日の福田首相のぶらさがり会見での発言を拾ってくださっているので、紹介しておきたい。

  

宙に浮いた5000万件の年金記録について、「来年の3月までに名寄せする」という公約実現が難しくなったことが判明した時点の会見での福田首相発言だ。

  

  

記者「公約違反だという批判も出ているが、総理としては?」

  

    

総理「(最後の一人まで年金を支払うという公約について)支払うっていうかね、解決するわけですよね」

  
「公約違反というほど大げさなものなのかどうかねぇ」

  

  

記者「安倍前総理の発言で、国民の多くは「来年の3月までに全ての名寄せが完了して解決する」と思い込んでいる人が多いが」

  

  

総理「さぁ、その時どういうふうに言ったか、私も覚えているわけじゃないけどね。えー、当時ね」

  

  

総理「来年3月末までに、できるだけ名寄せはしますけどね、えー、難しいのも、もしかしたら、あるかもしれないね」

 

  

 国民はこのような首相の対応に対してしっかり怒らないといけないと思う。大切なのはその怒りを持続させることだ。拙著でも紹介させていただいたが、

 朝日川柳に

 「今日の愚痴 選挙の頃は もう忘れ」

 (西木空人氏)

 とあった。

   

国民の示威行動(デモンストレーション)も大事だが、何よりも重要なのは、選挙の際の投票行動だ。野党勢力は個利個略、党利党略に走らずに、自公政権打倒に向けて総力を結集し、戦術を構築しなければならない。政権交代を実現しなくては、国民生活にとって重要な制度変更を実現できないことを肝に銘じる必要がある。

  

諫早湾干拓事業漁業被害訴訟では、堤防の閉め切りと漁場環境の悪化に因果関係があるかが最大争点となった。神山裁判長は「諫早湾内および、その近隣については干拓事業が漁船漁業やアサリ採取、養殖漁業の漁業環境を悪化させたと認められる」とし、「今後3年のうちに関連工事を進めて開門し、開門は5年間継続すべき」とした。

  

諫早湾では1989年11月に干拓事業が着工され、97年4月に潮受け堤防が閉め切られた。堤防閉め切りにより、有明海の潮流が弱まり赤潮が発生するなど有明海全体の環境が悪化、深刻な漁業被害が生じたとして、沿岸漁業関係者ならびに住民が、国に対して、潮受け堤防の撤去や南北排水門の常時開門を求めて訴訟を提起した。

   

詳細については「晴天とら日和」様の記事をご覧賜りたいが、この佐賀地裁判決に対して国がどう対応するかが注目される。

6月29日に共同通信は以下のニュースを配信した。

「農相、控訴の意向示す  諫早湾干拓の地裁判決受け」

  

「若林正俊農相は29日、国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防水門開放を国に命じた佐賀地裁判決への対応について「判決を分析し、法務省などと協議して態度を決める」としながらも、「今どうするかと言えば1つしかない。地裁の判断のどこが不満かを明確にした上で、控訴するなら控訴する」と述べ、争う意向を示した。

  

 東京都内で記者団の質問に答えた。判決を受けて、農相が控訴に踏み込んだ発言をしたのは初めて。

  

 農相は、控訴を最終判断する時期について「きちんと筋道の立った主張ができるかどうか詰めてからだ」と指摘、数日かかるとの見通しを示した。

  

2008/06/29 11:47)【共同通信】」

   

フジテレビ月曜9時ドラマ「CHANGE」は、小泉元首相の元秘書である飯島勲氏が監修し、渡辺喜美行革相の秘書である田中良幸氏が政治指導を担当する政治ドラマだ。朝倉首相のイメージを小泉元首相に重ね合わせようと描かれているとも指摘されている。

   

6月2日放送の第4話では、首相に就任したばかりの朝倉啓太首相がダム建設に伴うクラゲ大量発生による漁業被害に関する行政訴訟について、「いちいち全部謝罪して補償していればこの国は破産する」との反対論を押し切って、国に非があるなら補償するのは当然だと理由から、「国は控訴しないことに決めた」と述べ、漁業補償実行を決定するストーリーが描かれた。

今回の諫早湾干拓事業漁業被害訴訟で佐賀地裁は、判決確定の日から3年以内に排水門を開門し、5年間開門を継続するよう言い渡した。判決が確定しても排水門の開門には最長3年の時間が経過する。国が控訴して裁判が長引けば、漁業関係者の被害はさらに拡大することになる。

  

  

福田政権は、国に非があることを率直に認めて、控訴しないことを決断するべきである。国民の身近にある問題に対して、当事者の立場に立って真摯に対応するのが政治に本来求められる姿勢だ。選挙の時期だけ、有権者に阿った対応を示し、選挙が終われば知らぬ存ぜぬで、国民の重要問題を他人事のように扱っていたのでは、人心は離れるばかりである。

  

NHKは6月27日の「ニュースウオッチ9」で、この佐賀地裁判決のニュースを「その他ニュース」として取り扱っていた。政府に都合の悪いニュースは大きく取り扱わないとの方針が定められているとも疑われる。国民が監視を強化して、国民にとっての重要問題の帰趨を正確に把握してゆかねばならないと思う。

   

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2008年6月28日 (土)

政治不信を打破するための国民の責任

  

消えた年金記録問題への対応として、政府は紙台帳とコンピューター記録の突合についてサンプル調査を実施した。サンプル調査では1.4%の入力ミスがあったことが明らかにされ、8億5000万件ある紙台帳記録で単純換算すると入力ミスが560万件に達することが明らかになった。 

朝日新聞記事は以下のように伝えている。

「社会保険庁がコンピューターで管理している厚生年金の加入記録と原簿(紙台帳)を照合したところ、入力ミスが1.4%あったことが27日分かった。原簿の記録約4億件のうち2万件を抽出して調べた結果で、単純計算で受給漏れの恐れがある入力ミスは約560万件に上ると推計される。

27日午前にあった「年金記録問題に関する関係閣僚会議」に報告された。基礎年金番号と未統合で持ち主が不明の「宙に浮いた年金記録5千万件」とは別の問題で、今回は基礎年金番号と統合済みの記録にも誤りが見つかった。ずさんな記録管理で、受け取る年金が本来より少ない受給者が多数いると見られる。 

厚生年金の記録管理は当初、紙台帳だったが、62年ごろから順次コンピューター化された。コンピューターで管理されている記録は約6億8千万件あるが、一部重複を除くと約4億件分になる。 

抽出した紙台帳の記録1万9979件のうち、コンピューター上の記録と一致しなかったのは277件。コンピューターに未入力だったのが0.2%、年金支給額を決めるための基礎情報である加入期間や過去の収入などが間違っていたのが1.1%、名前や生年月日、性別が間違っていたのは0.1%。 

社保庁は「時間とカネがかかる」として、すべての記録の照合は当面しない方針だ。09年度までに、国民年金を含めて約8億5千万件分ある紙台帳を画像ファイル化し、基礎年金番号で検索できるシステムを作る。10、11年度に、記録確認の申し出があった人の分だけ照合する。社保庁によると、申し出があった人の分を照合した場合の費用は140億~260億円。すべての記録を照合した場合は最高で費用は3300億円、作業は10年かかるという。 

舛添厚労相は記録問題について「社保庁の後継組織ができる時(10年1月)には解決する決意」としていたが、作業が10年度以降も続くことで公約達成は不可能となった。 

また、閣僚会議では、「宙に浮いた年金記録」対策の進捗(しんちょく)状況も報告された。3月14日時点で2025万件あった未解明記録は91万件減って1934万件になった。(高橋福子)【20086271043分】」

  

2007年7月の第21回参院選で安倍晋三首相は

「宙に浮いた年金5000万件は来年の3月までに名寄せして、最後のお一人までしっかりとお支払いします」

と演説した。

  

参院選で配布された「安倍晋三首相より、国民の皆さまへ」と題したビラには、安倍氏の署名つきで

「自民党は責任政党です。出来ることしかお約束いたしません」

「最後のお1人に至るまで、責任を持って年金をお支払いすることをお約束します」

と明記された。

  

安倍内閣メールマガジン(第31 2007/05/31)には

「私の内閣においては、年金の「払い損」は絶対に発生させません。
1億人の年金加入者に対して、導入前に3億件あった番号を整理、統合する作業を始め、導入直後にも2億件が残りました。その後、一つひとつ、統合を進めた結果、今残っているのが5千万件です。これらについて、徹底的にチェックを進め、1年以内に全記録の名寄せを完了させます。」

と記述された。

  

ところが、2007年12月11日、公約実現が不可能であることが明らかにされた。同日東京新聞は以下のように伝えている。

宙に浮いた年金記録五千万件について、38・8%の1975万件は入力ミスなどで持ち主の特定が困難であることが11日、社会保険庁の調査で分かった。これまでにコンピューターの名寄せ作業で持ち主を特定できたのは21・6%の1100万件にとどまっている。
また、町村信孝官房長官は記者会見で「来年3月までにやるのは、5000万件の(記録の)解明をすることだ。来年4月以降も精力的にやっていこうということで、最後の一人、一円まで(払うことを)全部、来年3月までやると言ったわけではない」と釈明した。

 

 安倍前首相が偽りの公約をしたことは明白だが、このことについて、福田政権の町村官房長官は「選挙中だから『年度内にすべて』と縮めて言ってしまった」と発言した。公約を守らなかったことを陳謝するのでなく、詭弁を弄して間違いを押し通す行動が示された。

  

その延長上にある紙台帳とコンピューターデータとの突合問題だが、舛添厚労相は「社保庁の後継組織ができる時(10年1月)には解決する決意」としていたが、結局、「時間とカネがかかる」として、すべての記録の照合は当面しない方針が示された。

  

09年度までに、国民年金を含めて約8億5千万件分ある紙台帳を画像ファイル化し、基礎年金番号で検索できるシステムを作り、10、11年度に記録確認の申し出があった人の分だけ照合する、とのことだが、これでは、正しく年金が支給されない国民が膨大な数に達することは明白である。

民主党は、以前から一刻も早く社保庁、市区町村が保管しているすべての厚生年金、国民年金の手書き納付記録と、コンピューターデータを付き合わせ、コンピューターデータを徹底的に訂正しろと主張してきたが、その実行は政府の当然の責務である。

  

舛添厚労相による新たな公約違反が表面化したわけだが、当の舛添厚労相は、表明したのはその方向で取り組むとの「決意」であって「公約」ではないとの詭弁を弄している。

  

国民は選挙に際しての政府・与党の公約が、その当事者である幹部自身によって、どのように認識されているのかをしっかりと知っておかなければならない。選挙に勝つためには、嘘でも詐欺でも手段を選ばないとの行動様式が如実に示されているように思う。

  

昨日6月27日のテレビ朝日番組「報道ステーション」でコメンテーターの月尾嘉男氏が「韓国で牛肉輸入自由化に対して国民が行動を示し大統領支持率が急落したことを参考にして、日本でも国民が怒りを行動に示す必要がある」と発言したが、その通りだと思う。

  

国民は主権者であるが、代議制民主主義制度の下では、選挙に際しての投票行動が最大の意思表示手段である。選挙に際して国民は政党、政治家の発言、公約を踏まえて投票する。ところが、その公約が偽装されていたのでは話にならない。ことの重大さはウナギの産地偽装の比ではない。

  

与党の政治家、政党がいつからここまで堕落したのかを考えると、その分岐点は小泉政権であったと思う。

  

2003年1月23日の衆議院予算委員会総括質疑で小泉首相は、国債発行額を絶対に30兆円以上発行しないとの公約を果たせなかったことを追求されると、

 

「その(公約)通りにやっていないと言われればそうかもしれないが、総理大臣としてもっと大きなことを考えなければならない。大きな問題を処理するためには、この程度の約束を守らなかったというのは大したことではない」

と答弁した。

   

私はテレビ番組で、

「明確に国民に約束したことを守れなかったことについて、このように開き直って強弁して、それを押し通してしまうことの教育的悪影響は計り知れない」とコメントしたが、小泉首相の時代から、日本政府の無責任体質は極めて深刻な状況に陥って現在に至っていると思う。

  

政治家は国民、有権者に対して責任を負う存在である。公約違反があれば、率直に事実を認め、正すべきものを正さなければならない。子供達は大人の背中を見て育つ。間違いは間違いとして素直に認めて正すことが大切だ。

  

小泉首相は2004年11月10日の民主党の岡田代表との党首討論で、「非戦闘地域の定義を言ってほしい」との民主党の岡田代表の質問に対して、

「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域なのか、私に聞かれたってわかるわけがない」

「自衛隊がいる所が非戦闘地域だ」

とまったく通用しない答弁を示してそのまま押し通した。

当時は、イラク全土に非常事態宣言が出され、米軍を中心とする多国籍軍がファルージャで武装勢力に対して大規模攻勢を続けていたさなかだった。

  

また、2004年6月2日の衆議院決算行政監視委員会で、小泉純一郎首相が、かつて勤務実態がないにも関わらず不動産会社の幽霊社員として厚生年金に不正加入していたことについて追及された際には、
「人生いろいろ、会社もいろいろ、社長もいろいろ」

と強弁した。

 

次期総選挙が近づき、自民党は官僚主権構造に対する国民世論の強まりを察知して、「天下り根絶」、「官僚利権根絶」などを検討しているような装いを施し始めている。自民党内の「上げ潮派」と「脱藩官僚の会」などが提携して、官僚主権構造打破を選挙公約に示す可能性もあるかも知れない。

  

しかし、これまでの経緯を国民は忘れてならない。後期高齢者医療制度は明らかに「高齢者いじめ」、「高齢者切り捨て」の制度である。その最大の証左は、この制度では高齢者の保険料負担率増加率が非高齢者の保険料負担率増加率をはるかに上回ってゆく設計になっている点に示されている。

  

政府、与党は小手先の激変緩和措置によって、目先の負担感を低下させようとしているが、制度をいったん廃止して、より望ましい制度をしっかりと再構築させる考えをまったく示していない。

  

国民の民意は直近の参議院選挙に示されている。その民意を反映する参議院がガソリン税率の暫定税率廃止を決め、後期高齢者医療制度廃止法案を参議院で可決した。しかし、福田政権は参議院の意思決定をことごとく無視している。

  

年金記録問題にしても、政府の行動は国民との信頼関係を尊重したものではない。明らかな公約違反であるのに、公約違反でないと強弁して、それを押し通す間にうやむやにしてしまおうとするものだ。

  

官僚主権構造を打破する選挙公約を自民党が仮に示したとしても、その賞味期限は選挙期間中に限定される可能性が高い。国民にとって必要な施策を本当に実行するのは誰か、国民の幸福を本当に考えているのは誰かを、しっかりと考えなければならない。

  

事態を変化させるのは国民である。国民が政治に対して厳しさを持たなければならない。日本では妥協することを美徳とする考え方が強いが、それは問題の内容に依存する。人間関係においては妥協や協調が必要なことが多いが、政治の不正、約束違反に対して国民が厳しい姿勢を貫かなければ、政治の改善は望めない。政治の不正を正すために国民が積極的に、そして厳しく行動することが求められている。

   

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刑事事件控訴審判決(全文)掲載

  

4月16日に出された刑事事件控訴審判決の全文をスリーネーションズリサーチ株式会社HP掲載したので、ご高覧賜りたく報告申し上げる。第一審で係争中の2007年4月、私が事件に巻き込まれた電車に偶然乗り合わせた男性が名乗り出てくれた。

  

まったく面識のないこの男性が、多大の負担を負いながら法廷で証言してくださり、現場におられたのでなければ語れない、説得力のある証言をしてくれた。客観的な視点から目撃した無実の真実を、法廷でありのままに証言してくれたことの意義は何にも増して重大なものであった。

  

私にとっての救世主となったこの証人は、法廷で私の無実を証明する決定的証言を示してくださったばかりに、検察官からの不当で執拗な攻撃にさらされた。正義の証人がこのような不当な取り扱いを受けるのでは、勇気をもって真実を証言する証人は名乗り出ることをためらうようになってしまう。

  

権力に支配されたメディアが私を総攻撃するなかで、純粋な正義感から法廷に立って下さった証人に心からの敬意と感謝の念を強く感じるとともに、不当に歪められた公判運営によって、この勇気ある証人が不合理な辛い思いをされたことを大変に申し訳なく思う。

  

この弁護側証人は本人が見たままの事実を何らの予備知識なく話され、私の無実を明白に証明してくれた。それにもかかわらず、裁判所は驚くべき不当な判断を示した。

  

「植草一秀氏被告事件控訴審第1回公判傍聴記」には、控訴審で弁護側が示した控訴理由の概要が示されているのでご高覧賜りたい。大半のマスメディアは弁護側証人の重大な証言内容をまったく報道しなかった。一部マスメディアは事実を著しく歪曲して報道した。ここにも、私が巻き込まれた事件の特殊性が浮かび上がっていると感じられる。

  

弁護側は控訴審に際して、20項目以上の証拠調べ請求を提示したが、裁判所はこれらの請求をことごとく却下して即日結審して4月16日に判決を提示した。不当な公判指揮の下に不当な判決が示された。

  

弁護側が請求した証拠調べの内容については機会を改めて提示したい。高裁が弁護側が提起した主要な論点をまったく吟味しなかったことは判決文が明白に物語っている。本ブログを閲覧くださる方には、判決文を十分に吟味賜りたく思う。

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2008年6月27日 (金)

山口正洋氏によるねつ造記事掲載問題

  

山口正洋氏が事実無根の内容をブログに記述したねつ造記事掲載問題について、高橋清隆氏ライブドアPJニュース記事を掲載してくださった。

  

私は毎日産経朝日の全国紙各社が、山口氏を有力ブロガーとして記事に紹介、あるいは雑誌の連載記事を担当させている一方で、福島中央テレビ関係者による山口氏のブログ記事盗用問題を大きく報道したことを踏まえ、ねつ造記事掲載問題について責任ある対応を示す必要があると主張してきた。

  

しかし、これまでのところ、山口氏もメディア各社も適正な対応を示していない。高橋氏は客観的な視点から問題を正確に伝えているので、同氏によるシリーズ記事をご高覧いただきたい。また、高橋氏は地球環境問題についても5月に記事を掲載されている。

毎日新聞社は、山口氏をアルファブロガーとして記事で紹介した磯野彰彦氏が所属するデジタルメディア局が監督する英文サイト「毎日デイリーニューズ」上の英文記事コーナーを「内容が不適切だった」として閉鎖し、関係者を処分したことを6月24日に明らかした。この不祥事発生のなかで磯野氏は6月25日にデジタルメディア局長に昇格した。この点については「カナダde日本語」の美爾依さんが詳細に伝えてくださっている。

  

私は本ブログで磯野氏に対して質問を提示し、磯野氏も質問を閲覧したことを毎日新聞社サイトで明らかにされたが、現在までのところ、十分な対応を示されていない。

 

朝日新聞社は高橋氏の取材に対し、山口氏の連載記事掲載について、読者から問い合わせは来ていないと回答したとのことだが、これは虚偽と考えられる。私が確認している範囲でも、高橋氏が取材した時点で、朝日新聞に申し入れはすでに行われている。

メディア・コントロールの重要な問題として、この問題について、今後も適正な対応を求めてゆきたい。

  

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2008年6月26日 (木)

「独立自尊外交」について

外交政策についての私の立ち位置についての疑問を「気まぐれな日々」kojitaken氏が提示されているので、拙著『知られざる真実-勾留地にて-』第三章「不撓不屈」に「望ましい政治のあり方について7つの提案」を記述し、その第4として「外交政策の見直し」を、同章第6節「平和国家の追求」に記述したので、以下に引用する。

 

私は元来、経済金融市場に関する研究を本職としてきた。現実の金融市場の分析を通じて、金利・為替・株価の変動メカニズムに関する研究を重ねて、ひとつの分析体系を構築した。1990年代以降、研究の重心を経済政策に移行したが、そのなかでの重要な着眼点のひとつが「政治経済学的」分析視点だった。

  

経済政策を政治経済学的な視点から分析することを重ねるなかで、当然の帰結として、政治のあり方に関する考察を重ねるようになった。私なりの思想、哲学を基に政治と政策について意見を表明するようにもなった。

  

  

政治経済学的分析を記述した最初の論考は『中央公論』1991年11月号所収の「バブル崩壊後日本経済の行方」である。私がつけた当初のタイトルは「漂流する日本経済に明日はあるか」だった。この論文で私は、バブル生成・崩壊のメカニズムを明らかにするとともに、日本のバブル生成・崩壊が米国の経済政策と不可分に結びついており、「戦略的経済外交」の視点を明確に保持しなければ、一国経済、国民生活を守ることはできないとの提言を示した。

  

  

経済政策に関連して、「対米隷属外交」からの脱却、「独立自尊外交」の重要性を唱えてきたが、過去の戦争に関する歴史認識、アジア外交の基本スタンスなどに関しては、私の専門領域の外の問題として言及せずにきた。

  

  

しかし、上記『知られざる真実-勾留地にて-』では、私なりの政治論を提示する側面を持って執筆したこともあり、この問題についてのスタンスを明確に示す必要があると考え、記述した。私の外交問題に対する基本スタンスは、私の著作のなかでは、基本的にこの著作にしか記述していない。

  

  

私は私の主張に対する批判を封じ込める考えを一切持っていない。あらゆる問題について、多数の見解、意見があることは当然であり、自由主義社会の美点のひとつは、自由な言論活動が容認されることにあると思う。建設的な論議は非常に大切だと考えている。

  

ただ、それぞれの人がそれぞれの思想、哲学を持っており、それらが異なることは十分にありうる。建設的な論議を深めて、それぞれの相違をしっかりと確認することも大切だと考えている。

  

私の言説に対する批判を私は一切排除しないが、批判する際には、私のこれまでの著作を踏まえてほしいと感じる。歴史認識、外交政策、経済政策などについて、マスメディアなどが勝手に創り出してきた事実と異なる私に対するイメージに基づいて批判されても、私としてはいわれなき事実誤認だとしか反論できない。

  

  

歴史認識、外交政策についての私の主張は、私を支援してきてくださっている方々の主張とは異なる部分も多いと思う。ブログにリンクを張っていくつかのサイトを紹介させていただいているが、各サイト主宰者の思想、哲学と私の思想・哲学が同一であることを意味していない。私が参考にさせていただいている言説を掲載されているサイト、私を支援してくださっているサイトを紹介させていただいている。

  

  

拙著『知られざる真実-勾留地にて-』では、プロローグに「想像力」のタイトルを付して、映画監督の山田洋次氏の言葉、

   

「一言で言えば想像力。想像することは、つ  まり思いやること。

いまの時代、注意深く相手を観察する能力がとても欠けていると思いま

す。」

  

を紹介し、執筆の基本理念を記述した。安倍政権に対する論評も記している。機会があれば紹介させていただきたいが、私の言説について論評してくださるのであれば、ぜひその前に拙著に目を通していただきたいと思う。

  

  

以下は拙著第三章第2節「人類の歴史」からの抜粋(175-176ページ)、および第6節「平和国家の追求」からの抜粋(186-189ページ)である。

  

  

「人類の歴史を振り返ると美しい世界は広がっていない。人類は支配と被支配、戦争と殺戮(さつりく)を繰り返す歴史を負ってきた。動物の世界の弱肉強食は自然の摂理に従って起こる。しかし、人間の支配、被支配、戦争や殺戮は自然の摂理によって生じるものでない。

  

現代の民主主義国家では人権尊重が重視され、理不尽、不条理の程度は低められていている。米国のネオコン(新保守主義派)と呼ばれる人々は、民主的な国家体制こそ人類が到達した最も優れた価値観と制度で、この価値観と制度を世界中に広げてゆくことが「正義」だと唱える。

  

だが歴史を振り返ると、米国自身が大西洋を渡った欧州人による侵略によって建国された事実を忘れられない。欧州人は全世界に進出し、原住民を支配して抑圧した歴史を負っている。アフリカの人々は奴隷として人身売買の対象にされ、米国に強制連行され、苛酷な労働と生活を強いられた。米国で奴隷解放宣言が出されたのは南北戦争下の1863年、いまからわずか150年前のことだ。

  

米国がイラクやイランに過剰な関心を注いでいる裏側に、米国のエネルギー戦略が存在している。大規模な戦争が繰り返される背後に、巨大な軍事産業の利害が関わっている。

  

米国はイラクが大量破壊兵器を保持しているとして、イラクへの武力行使に踏み切った。米軍の犠牲者が3000人を突破したがイラク保健省は2003年3月の開戦から2006年11月までに15万人のイラク人が死亡したと公表している

  

米国には歴然とした人種差別や人種偏見が残っている。WASPとよばれるプロテスタントのアングロサクソン人が米国を支配しており、少数だがユダヤ人が金融を中心とする重要産業に強い影響力を有している。自由で開かれた国だが、「格差」は限りなく大きく社会の支配階層は固定化されている。

  

2005年には所得上位2割の国民が所得全体の50.4%を占めて、1967年以降での最高値を記録した。所得上位4000人が年間所得10億ドル(約1200億円)超のビリオネアになった(フォーブス誌調べ)。米国は決して理想の楽園でない。小泉政権は米国流のシステムをそのまま日本に持ち込もうとしたと言ってもよい。」

  

(第三章第2節「人類の歴史」から175-176ページ抜粋)

  

  

「第四は外交の見直しだ。西部邁(にしべすすむ)氏は米国に追従する日本の外交姿勢をこう表現する。「9.11以後、世界はユニ・ポーラル(一極集中)に行く。アメリカのユニラテラリズム(単独主義)はもう不可避だ。アメリカのヘゲモニー(覇権)が世界を覆うのだから、好むと好まざるとにかかわらず、この下に入らなければ安全と共存は保たれないと言うイメージ」。(「表現者」前出)

  

しかしことはそう単純に運ばない。西部氏は、ロシア、中国が「そうは問屋が卸してくれるわけがないじゃないか」と対応していると指摘する。米国内でさえ、ブッシュ政権の「ネオコン」路線は中間選挙で拒絶された。イラク攻撃を積極支持した日本政府の判断の正当性も問い質(ただ)される。

  

米国外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース会長はフォーリン・アフェアーズ誌2006年11・12月号に『新しい中東』と題する論文を寄稿し、「中東近代史における「米国の時代」は終わった」と記している。英国フィナンシャル・タイムズ紙も06年11月23日にジェイコブ・ワイズバーグ氏による「米国政治の保守時代は中間選挙で終わった」との署名記事を掲載した。「アメリカは強い国だから、ひたすらに隷属すれば良い」とする「植民地メンタリティー」から脱却すべきだ。朝日川柳に「メンフィスで国家の品格また落とし」と風刺されていたが、日本の国家としての尊厳を大切にするべきだ。

  

オランダのジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレンは「アメリカという巨大な鷲(わし)の翼の下に日本が入って、今やほとんど消滅寸前だ、中にいる日本人にはそれがなかなかわからないけれど」と指摘した。米国と友好関係を維持しつつも、国家としての尊厳を大切に守り、日本の考えを世界に発信すべきだ。

  

日本の核武装論が論議されている。私は反対だ。日本は世界で唯一の被爆国として核廃絶を訴え続ける責務を負っていると思う。核の使用は人類の自殺行為だ。

  

核兵器では「第二撃能力」が問題とされた。核攻撃を受けた時に反撃する核攻撃能力を持つことによって、核攻撃を抑止できるとの考え方である。これを踏まえると、そもそも核拡散防止条約(NPT)は根本的な不平等性を持っている。米国、ロシア、中国、フランスの核保有を容認し、これ以外の国に核兵器の保有を認めないとする条約である。

  

ところが、インド、パキスタンの核保有によりこの条約は事実上崩壊した。米国はインドと原子力協力の条約を批准した。米国はイスラエルの核保有も容認している。NPTは多くの矛盾を抱えている。日本は包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を米国に求め、核兵器廃絶へ努力を注ぐべきだと思う。

  

核兵器の生みの親とも言えるアインシュタイン博士は原子爆弾が日本に落とされたことに悔悟の念を持ち、1955年4月に、核兵器廃絶と戦争廃止を訴える「ラッセル・アインシュタイン宣言」に署名した。この署名に湯川秀樹氏など9名の学者が加わり、「バグウォッシュ会議」という原爆反対の物理学者の運動が生まれた。日本はこの遺志を引き継ぐべきだ。

  

国内経済が低迷し、国民の不満が蓄積されるとき、安価な国家統合の手段として歴史やナショナリズムが動員され易い。いまの日本にもこの傾向が強く感じられる。

  

しかし、戦争ほど理不尽なものは存在しない。朝日新聞の連載「歴史と向き合う」のなかで、元特攻要員の江名武彦氏(83)が述べた。1945年4月に鹿児島県串良(くしら)基地から特攻出撃した。出撃は晴れの日に決行され、曇れば延期される。「眠れない布団のなかで晴れるなと祈り、明け方空を仰いだ」。江名氏の飛行機はエンジン不調で黒島沖に着氷して、江名氏は敗戦後に帰還した。

  

以前『ビルマの竪琴(たてごと)』という映画を観た。1956年公開の市川崑(こん)監督作品だ。主人公の日本兵は友を戦争で亡くし、遺骨を抱え日本への帰還を頑なに拒絶した。「埴生(はにゅう)の宿」の美しい音楽を聞きながら、涙が溢(あふ)れるのを止められなかった。悲惨な戦争を回避することにあらゆる努力を尽くすのが日本の進むべき道だと思う。小菅信子(こすげのぶこ)氏の著書『戦後和解日本は〈過去〉から解き放たれるのか』(中公新書)が第27回石橋湛山(たんざん)賞を受賞した。

  

著書は歴史を忘却せずに和解を実現することの重要性を説いた。小菅氏は第二次世界大戦後のドイツと日本の戦後平和構築の方法をこう述べる。「敗戦国の国民を、戦争指導者や加害者と、彼らに騙(だま)されて戦争協力した一般国民とに分けて、その一般国民と、戦勝国の国民や被害者・戦争犠牲者との間の関係を修復して、最終的に和解へと導いていこうとする方法」であった。

  

東京裁判は、戦勝国が「事後法」を用いて一方的に裁いたものだったから、多くの問題点が存在する。しかし私たちは歴史を見つめるとともに歴史を超克して和解の上に立つ世界平和を目指して進んでゆかねばならない。

  

小菅氏は受賞講演で石橋湛山元首相の言葉を紹介した。「ナショナリズムをどういうふうにしてプラスの方向に向けるかが重要ですね。これは結局人間自身の問題です。つまり体制とか組織とかいうけれど、つきつめていえば人間の問題だ。人間が人間自身と取り組む、これが一番重要ではないですか」(『湛山座談』)。五百旗頭真(いおきべまこと)防衛大校長が指摘するように、中国と隣接する日本は、日米中連携のなかでアジア太平洋地域の真の平和と友好を育む努力を注ぐべきだ。

  

安倍首相は2006年9月29日の所信表明で「日本人が本来持っていた、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを、純粋に保って、忘れずにいてほしい」というアインシュタイン博士の言葉を引用した。

  

博士は1922年に来日した。日本は第一次大戦に勝利したばかりで博士を友好的に歓迎した(補注:追記参照)。来日した博士は次の言葉も残している。「日本にきて特に気になるのは、いたるところに軍人を見かけ、平和を愛し平和を祈る神社にも武器や鎧が飾られていることで、それは、全人類が生きていくのに不必要なことと思います」と語り、大阪での歓迎会場が日独の国旗に埋め尽くされているのを見て、「日独親善の気持ちには感謝しますが、軍国主義のドイツに住みたくないと思っている私には、余りいい気持ちはしませんでした」と述べたという(中本静暁著『関門・福岡のアインシュタイン』新日本教育図書)。私たちは可燃性の高いナショナリズムが高揚することを常に警戒しなければならない。

  

(第三章第6節「平和国家の追求」から186-189ページ抜粋)

  

(追記)本文中に「日本とドイツは第1次大戦で勝利したばかりで」との誤りがありましたので、本文を訂正するとともにお詫びいたします。「のんきな日本人」様、ご指摘ありがとうございました。

  

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小異を残して大同につくことの大切さ

本ブログに継続して記事を掲載するようになってまだ1ヵ月の時間しか経過していないが、多くの方から言葉では言い尽くせない大きなエネルギーをいただいている。温かなお心に心から感謝している。

  

それぞれの方が、それぞれに思想、哲学を持っている。すべてが一致することはきわめてまれだと思う。異なる意見を持ちながらも、その相違を乗り越えて、手を携えて大きな目標の実現のために力を合わせることができれば素晴らしいと思う。

  

フジテレビ月9ドラマ「CHANGE」が政治権力によるメディア・コントロールの象徴的事例であることを繰り返し述べてきたが、木村拓哉扮する主人公の朝倉啓太首相の第5回放送での台詞には共感した。共感して感情移入するのでは、私も番組制作者の政治的意図に乗せられてしまうことになるが、ここではメディア・コントロールの問題と切り離して紹介する。

  

「去年までは小学校の教師をしていました。

喧嘩や陰湿ないじめなどがあった時、僕は子供達にこう言ってました。」

  

「「考えよう」って!」

  

「気に入らない事とかがあったら、自分の言いたいことはちゃんと相手に言って、相手の言うことはちゃんと聞いて、それでお互いにとことん考えようって。そうすれば・・・」

  

「わかりあえる」

  

「いえ・・・相手と自分は違うんだということに気づくんです」

  

  

「同じ人間だと思ってるから、否定されただ  けでムカついたり、

 誰かが独り別行動をとったら、なんだ、あ  いつって・・・。そっからケンカとか、イ  ジメが始まるんです。でも、同じ人間なん  ていないじゃないですか」

  

  

「だからぼくは子供たちに、自分と相手は違うんだっていうことを理解してほしかったんです」

  

「しっかり話し合って、それからとことん考えれば、相手と自分は違うということに気がつくことができる。同じ人間なんていない。みんな考え方も事情も違うんだ。」

  

  

「その上で、じゃあどういう言葉を使えば自分の気持ちが相手に伝わるのか、どうすれば相手を説得出来るのか、そこを考えよう!って言って来ました」

 

「神州の泉」の高橋博彦氏が

  

「人にはさまざまな捉え方、考え方が存在しますが、大きな方向で共感できる人の場合は喧嘩しないように行きたいものです」

と書いて下さった。私は高橋氏のこの言葉に感謝するとともに賛同する。

  

 グリーンピースの問題について、私は

「私は重要な告発は適正な手順を踏んで行われるべきだと考えるが、」と記述した。天下りと官僚利権の問題を明らかにすることは大切だと思うが、適正な手順を踏むことが必要だとの考えに基づいてこのように記述した。

  

  

 歴史認識、官僚機構に対する評価、外交における優先順位の設定、などの各論点でそれぞれの識者の意見や考え方に違いが存在することは当然だと思う。

  

 しかし、人間性を尊重し、相互扶助、相互信頼を重視し、独立自尊の精神、尊厳を大切に考え、私的利害を排してより良い社会を作る、良い社会を守ることを目指す点で、意思を共有できるなら、可能な限り力を合わせてゆきたいと私も考えている。

  

 米国資本に隷属し、人間性を破壊する「市場原理至上主義」を排して、人間尊重の社会を構築することが大切だと考える。為政者には能力もさることながら、徳と無私の精神が求められるとも思う。

  

  

 「小異を残して大同につく」ことが大切であり、小泉政権以降の政権に破壊されつつある日本社会を再建するためには、志を共有する人々が力を結集しなければならないと強く感じている。

  

 次期総選挙は日本で「真の改革」=「世直し」を実現できるかどうかを決する「天王山」の戦いになる。既得権益維持を最重視する既成権力は、手段を選ばずに政権交代阻止に死力を尽くし始めている。既成権力内部での論争を偽装し、メディア・コントロールを駆使して国民を誘導しようとしている。

  

 「真の改革」を目指す勢力は、力を結集して、真実を人々に伝え、政権交代実現に向けて戦術を描いてゆかなければならない。「小異を残して大同につき」力を合わせることが大切だと思う。

  

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2008年6月25日 (水)

地球温暖化仮説への疑念

「晴天とら日和」様kobaちゃんの徒然なるままに」様、「無愛想のブログ」様「憲法と教育基本法を守り続けよう」様「こわれたおもちゃを抱き上げて」様「小畑くにおBLOG」様、記事のご紹介ならびに貴重なご高見をありがとうございました。深く感謝しております。「副島隆彦」様には、いつも応援をいただきまして、感謝しております。

kojitakenの日記」、ならびに「きまぐれな日々」主宰者のkojitaken様、ご丁重なメッセージを掲載くださいましてありがとうございました。過分なお心遣いを賜りましてありがとうございます。私の説明も不十分であったと感じております。意見や主張がそれぞれの個人によって異なるのは当然のことだと思いますが、各人が互いに尊重し合いながら健全な論議を深めてゆくことができればうれしく思います。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。「カナダde日本語」の美爾依さんには身に余るご尽力を賜りまして心よりお礼申し上げます。

また、「_~山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう」様にはいつも、ビジュアルなご紹介をいただきましてありがとうございます。

  

  

7月7日から9日にかけて北海道で開催される「洞爺湖サミット」では、環境問題が討議される見通しだ。環境問題については「らくちんランプ」のスパイラルドラゴンさんが多くの貴重な情報を提供くださっているが、CO2による地球温暖化の仮説自体が十分に科学的に裏付けられていないことを知る人は驚くほど少ない。

地球温暖化は、人間の産業活動に伴って排出された温室効果ガスが主因となって引き起こされているとする。「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)によって発行された「IPCC第4次評価報告書」によって、人為的な温室効果ガスが温暖化の原因であるとされている。

  

しかし、地球の歴史を振り返ると、地球の気候は時代とともに大きく変動して現在に至っている。野上道男氏の「地球温暖化Q&A」によると、

  

「長期間の気温変動は気候変動の1つですが、証拠が残りやすいので観測が行われる以前の時代についても、いろいろな周期の変動があったことがわかっています.例えば、地質時代の中生代から新生代へは寒冷化のフェーズ、第三紀から第四紀へは寒冷化のフェーズ、最終間氷期(12.5万年)からは寒冷化(後氷期に回復)、縄文時代(後氷期の最温暖期)からは寒冷化、弥生時代からは温暖化、小氷期(江戸時代中期ごろが中心)から現在を含む観測時代へは温暖化のフェーズとなっています.」

とあり、地球は温暖期と寒冷期とを繰り返して現在に至っている。

  

  

洞爺湖サミットに関して、共同通信が以下のニュースを配信している。

  

「7月7日に開幕する主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)の議長総括や合意文書に、日本が地球温暖化対策として提案している温室効果ガス削減に向けた「セクター別アプローチ」に対する肯定的評価が明記されることが21日、固まった。新興、途上国から一定の支持を得られたためで、消極的姿勢だったドイツも容認の方向に転じた。複数の外交筋が明らかにした。

 国別削減目標の設定に、産業分野別に削減可能量を積み上げるセクター別アプローチが「有益」「重要」とする案が有力。京都議定書に続く2013年以降の温暖化対策の国際枠組みづくりで、この方式が採用される可能性が高まりそうだ。

 ただ欧州連合(EU)内には、削減可能量を積み上げるだけでは温暖化に歯止めをかけるために必要な中長期目標の達成は困難との見方が根強く、さまざまな条件が付くことも予想される。

 セクター別アプローチは、福田康夫首相が今年1月のスイス・ダボス会議で提唱。温室効果ガス削減の目標を決める際に(1)透明性や公平性が確保される(2)省エネ技術導入につながる?と国際基準化を訴えてきた。」
2008/06/22 02:05 【共同通信】)

  

  

過去1000年の時間を区切っても、中世の温暖期やその後の小氷期が存在したことが知られている。過去40万年では、およそ10万年周期で温暖期と寒冷期が繰り返されてきた。

  

地球温暖化仮説は人為によるCO2排出が近年の温暖化の主因であるとするものだが、この仮説に対する懐疑論が多くの専門家から提示されており、説得力のある主張も多い。

  

  

北極圏の研究で知られる地球物理学者の赤祖父俊一氏の指摘をスパイラルドラゴンさんが紹介しているので、引用する。

  

「この100年の期間、北極圏での平均温度変化を見てみよう。すぐに分かることは、北極圏ではやはり二回、同様の温度変化が起こったということである。

  
 さらにその変動の幅は、地球平均変動の幅に比較してはるかに大きかったことであり、第一回目の変化のピークは、現在の温度と比較すると大体同じであるか、少し高かった。

   
 しかし、炭酸ガスが上昇し続けたにもかかわらず、1940年から気温はいったん減少したことであり、したがってその上昇の大部分と降下は、炭酸ガスには直接関係がないということである。

   
 さらに1970年からの上昇の一部は、1910年からの上昇と同様の上昇によると考えることを、全く否定する根拠はない。」

  

  

地球環境が重要であることを否定しようとは思わないが、地球温暖化により、近い将来に世界が破滅的危機に直面するとのイメージが流布され、その原因がCO2にあると断定し、その断定に基づいて、CO2の排出量規制を設定し、排出権取引を開始する方向に主要国が突き進む現実には異様な不自然さを感じる。

  

1995年に議決され2005年に発効した京都議定書には、最大のCO2排出国である米国が参加しておらず、カナダも目標を放棄している。基準年が1990年とされたことで、日本の排出量削減が極めて困難な状況にある。

  

このまま進むと、今後、各国のCO2排出量キャップが設定され、排出権取引が開始されるときに、日本は世界で最も大きな資金負担を背負わされることになる。サミットでの成果をアピールするために、国益を無視して日本に著しく不利な合意形成に突き進むことは日本の正しい選択ではない。

  

   

日本のマスメディアは洞爺湖サミットに向けて環境問題を集中的に取り上げているが、地球温暖化仮説に対する懐疑論を含めて冷静な分析を提示するものは皆無に近い。

  

産業界は環境関連ビジネスをビッグ・ビジネス・チャンスと捉えている。金融業界も排出権取引に重要なチャンスを見出し、政治権力への強い働きかけを展開している。電力業界は原子力発電の安全性に対する懸念が世界的に拡大し、利潤の面から圧倒的に有利な原子力発電推進に強い逆風が生じている現状を転換する最大の契機として環境問題を捉えていると考えられる。

  

国民がデマゴギー、プロパガンダに彩られたメディア・コントロールの闇に包まれて、利権にまみれた政治論議だけが暴走する現状を打破しなければならない。地球環境問題に対する冷静な論議が求められる。

  

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2008年6月24日 (火)

人間尊重の政策VS人間性破壊の政策

BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」」様、過分なご紹介と素晴らしい分析をありがとうございました。大変勉強になりました。「カナダde日本語」の美爾依さんもいつも本当にありがとうございます。「神州の泉」主宰者の高橋博彦様、kobaちゃんの徒然なるままに」様「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」様、貴重なご高見をいつも参考にさせていただいています。

ブログの初心者で知らないことばかりなのですが、素晴らしいブロガーの皆様のご意見を読ませていただき、とても意義深い勉強をさせていただいています。ネット上の有益な情報が広く世の中に行き渡ることを願ってやみません。今後ともよろしくお願いいたします。

  

これまで政治の対立軸についての私見を提示してきているが、ヘンリー・オーツさんが貴重なご指摘を示してくださったので、「市場原理至上主義VS弱者保護」の対立軸について、改めて考えてみたいと思う。

  

ヘンリー・オーツさんは以下のように指摘された。

「『「市場原理至上主義」対「弱者保護重視」』だと「頑張った人が報われる社会を目指す」ことのどこが悪いかというような反論を述べる人間が必ず出てくる。それに対して私は表現を次のように変えてみた。「市場原理至上主義」を「資本家放任主義」、「弱者保護重視」を「国民の幸福追求と生存権の重視」とした。「弱者」という言葉は私は適切ではないと思う。なぜなら多くの経験と才能ある人がその能力を発揮する機会がなく、低賃金での奴隷労働に従事している事実があるからだ。「強者」に行きすぎた権利が与えられたが故に「弱者」が生まれてしまっているのです。また「官僚利権温存」されたが故に「弱者」への福祉切りすてが起きているのです。」

 

ヘンリー・オーツさんはこう指摘をされた後で、このことをとても分かりやすく図解してくれている。この図解を大いに活用させていただきたく思う。

 

既成の政治権力は、権力を維持するために、再び壮大な三文芝居を演じ始めている。「上げ潮派」対「財政再建派」の闘いで、「上げ潮派」は「官僚利権打破」を装い、「財政再建派」には「官僚利権擁護」を装わせている。

 

小泉元首相-竹中平蔵氏-中川秀直氏-飯島勲氏-財界の影がつきまとう「脱藩官僚の会」が「上げ潮派」と合流し、「正義の味方」=「改革勢力」を演じ、悪役の「官僚利権温存勢力」=「守旧派勢力」=「抵抗勢力」を打倒して国民の支持を取り付けようとの思惑がぷんぷん漂ってくる。

   

フジテレビ月9ドラマ「CHANGE」のタイトルと「脱藩官僚の会」の設立趣意書にある「CHANGE」のコピーが同一であるのは偶然とは考えられない。ドラマ「CHANGE」では、飯島勲氏の監修者としてのクレジットが番組のエンドロールに表示され、渡辺喜美行革相の秘書田中良幸氏が政治指導を担当していることも表示されている。

  

官僚利権根絶政策の「偽装」がかなり大がかりに仕組まれていると考えられる。洞爺湖サミットが終了すると、次期総選挙に向けて、自民党が大きく動き出すのだろう。2005年7月から9月にかけては「郵政民営化」=「正義」、「反対」=「悪」の図式が作られ、「刺客選挙」が政治ドラマに仕立てられて、多くの国民が流されてしまった。

  

  

ところが、「障害者自立支援法」、「後期高齢者医療制度」、「消えた年金記録」、「イラク戦争支援」、「ガソリン増税」などの現実から、小泉政権が国民を幸福にする政権でないことに国民はようやく気付いた。

  

小泉政権の路線を引き継ぐ安倍政権、福田政権の下で行われた国政選挙で、有権者は政権に対してはっきりと「NO」の意思を表示するようになった。その表れが参議院での与野党逆転で、国権の最高機関である国会の一翼を担う参議院の過半数を野党が確保した事実は圧倒的に重い。

  

   

それでも、2005年9月の総選挙で与党に3分の2以上の議席を付与してしまった後遺症はあまりにも大きい。野党が「天下り反対」という正当性のある理由で同意しなかった日銀人事について、小沢一郎民主党代表に対して「そういうのを権力の濫用って言うんですよ」と激昂した福田首相は、日本国憲法第59条の規定を利用して、参議院の決定を衆議院の数の力で3度も踏みにじった。直近の民意は参議院の議員構成に反映されているのであり、福田首相の行為こそ「権力の濫用」に他ならない。

   

自民党政権と官僚主権構造とは表裏一体をなしている。官僚機構は国民の幸福などまったく考えていない。官僚利権の維持だけを考えている。政府与党は政策立案、決定を官僚機構に丸投げして、政治的利権の維持拡大に注力する。

   

利権支出を温存して、国民生活に直結する支出を切り捨てる。「裁量支出」を温存して「プログラム支出」を切り込むのだ。プログラム支出とは社会保障関係支出のように、制度によって政府支出が明確に定められる支出で、利権になりにくい。

  

「一般財源化」を正義の政策のように論評する傾向が強いが、大きな間違いだ。「一般財源」は使途自由の財源であり、「裁量支出」の財源になることを意味する。財政当局の権力の源泉は「予算配分権」にある。財政当局は「裁量支出の財源としての一般財源」を権力の源泉として最重要視するのだ。道路財源の「一般財源化」は「道路族議員から財務族議員への所得移転」を意味するのであって、「改革」とは程遠い代物である。

  

   

横道にそれるが、国家財政を「社会保障財政」と「一般財政」に区分して、財務省の所管を「一般財政」に限定すべきである。政府支出はできるだけプログラム化することが望ましく、「社会保障財政」は財務省から切り離してプログラムで運営されるように制度変更すべきである。

  

日本に26,000も存在すると言われる公益法人のなかの4700機関に天下りが実行され、26,000人もの官僚が天下っている。天下り機関への政府支出は12兆円を突破している。天下り機関と国は随意契約を結び、国民が提供した血税が天下り官僚の破格の人件費、退職金に充当されている。

   

   

官僚主権構造を50年以上にわたって培養してきた自民党政権が官僚利権を根絶することは不可能なのだ。小泉政権が官僚利権を温存したことは紛れもない事実である。政府系金融機関の天下りが最も分かりやすいリトマス試験紙だったが、小泉政権、安倍政権は天下りを死守した。

  

日銀人事が紛糾した唯一の原因は、福田政権が財務省の天下りを死守しようとしたことにある。自民党清和政策研究会が基盤を置く警察、検察の天下りが日本中を覆い尽くしているなかで、自民党政権が天下り根絶を実行できるはずはないのだ。

  

   

国民は「偽装」に気付かなければならない。2005年9月の失敗を繰り返してはならない。「上げ潮派」対「財政再建派」の対立偽装に「脱藩官僚の会」が参入して壮大な三文芝居が演じられる可能性があるが、真実を洞察する人々が、草の根から真実の情報を伝達してゆかなければならない。

  

ヘンリー・オーツさんの貴重な指摘に話を戻すと、「上げ潮派」、「財政再建派」、「脱藩官僚の会」のいずれもが、「市場原理至上主義」の主張に立脚していることが問題である。外交路線では、いずれのグループも「対米隷属」で足並みを揃えている。日本国民の幸福よりも米国資本の利益を優先している疑いが濃厚である。

   

「市場原理至上主義」は「弱肉強食」、「弱者切り捨て」、「金銭崇拝」と表裏一体を成している。ヘンリー・オーツさんは「資本家放任主義」と表現された。「弱者保護重視」を「国民の幸福追求と生存権重視」と言い換えられているが、正しい指摘だと思う。

  

    

言い方を変えると、「人間尊重の経済政策」と「人間性破壊の経済政策」ということでもあると思う。私は具体的な施策として、「労働法制の抜本改革」、「公教育の拡充」、「セーフティーネットの強化」を掲げている。「セーフティーネットの強化」は「生存権の尊重」と置き換えることができる。

  

拙著『知られざる真実-勾留地にて-』第一章第23節「切り捨てられる弱者」、第三章第3節「弱き者のためにある政治」に記述したが、政府が推進してきた「労働ビッグバン」や「再チャレンジ支援」は企業優遇の施策でしかない。「上げ潮派」の人々は企業の競争力、生産性を高めることを優先し、法人税減税の重要性を強調するが、労働者の幸福については考慮している痕跡さえ見当たらない。労働者、勤労者は利潤を生み出す道具、消耗品としか捉えられていないのではないかと思う。

  

市場原理だけに委ねれば、生存権さえ脅かされる結果を招来するのが「分配」問題の帰結である。国民の幸福を考えるうえで、最大の智慧が求められるのが、「分配」に関するルール設定、労働条件に関するルール設定なのだ。同一労働・同一賃金、労働者の幸福、人権を尊重するルールの設定が優先して検討されなければならない。

  

  

社会を構成するすべての成員が幸福に生きてゆける社会を目指すべきだと思う。新自由主義の立場に立つ人々は、結果における格差を容認する傾向が強いが、弱肉強食、金銭崇拝の思想は、必ず荒廃した社会状況を生み出すことになる。それでも、個人の思想の自由は保障されているから、どのような考えを持とうともその選択は個人に委ねられる。

  

総選挙に際しては、思想、哲学を明確に有権者に示したうえで、審判を仰ぐことが必要だ。私は人間尊重、公正な分配、生存権尊重の経済政策を望ましいと考える。

  

   

公教育の拡充も重要だ。公教育の人件費を抑制してゆけば、十分な教育が実現しないことは自明だ。教育は消費ではなく、将来への投資である。官僚利権への政府支出を切り詰めれば財源は十分に確保できる。

  

高等教育を受ける機会を拡充すべきだ。夢があり、意欲があり、適性のある若人に等しく高等教育を受ける機会を保証することは政府の大切な役割だと思う。

  

   

人はパンのみのために生きる存在ではない。「生きがい」こそ生きる証しである。すべての人が心の充足感をもって生きてゆける環境整備に国は力を注ぐべきだ。すべての人の人権、生存権を尊重することが求められる。

  

拙著にも引用させていただいたが、茨木尚子氏が発表された「障害者支援はどこに向かおうとしているのか」(『世界』2006年12月号)は次の言葉で締めくくられている。

  

「必要な支援を得て社会活動に参加する障害者たちが当たり前のように存在する社会なのか、お金がないために、家や施設に留まらざるを得ない障害者たちがそこから抜け出せない社会なのか。今その分岐点にわれわれは立っている。いやすでに一方の途に歩みを進めているのかもしれない。」

  

   

1981年の「国際障害者年行動計画」に記されているように、「ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである」。社会の強さは社会を構成する最も弱い構成員がいかに強固に守られているかで測られるものだと思う。幸福は分かち合うもので、占有するものではない。

  

社会のあり方を選択できる最も重要で、唯一と言ってもよい機会が国政選挙である。偽装、プロパガンダ、デマゴギー、メディアコントロールの偽りを見抜いて、私たちは正しい選択を示さなければならない。そして、私たちが正しく選択できるように、政治家は国民の前に適正な選択肢を提示しなければならない。

   

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2008年6月22日 (日)

政権交代なくして真の改革なし

「kobaちゃんの徒然なるままに」様「晴天とら日和」様、記事ご紹介ならびに貴重なご高見をありがとうございました。心より感謝申し上げます。

  

前回記事「政治の対立軸()三つのトピックス」について、「kojitakenの日記」kojitaken氏が疑問を提示され、「カナダde日記」様の美爾依さんが貴重な見解を示してくださった。美爾依さんはいつも意義深いメッセージを示してくださり心から感謝している。

  

  

日本の独立自尊外交について、私の考え方を伝えておきたい。美爾依さんが紹介して下さった前回記事末尾部分は私の考え方を集約して示している。

  

 「日本は正義と公正の視点に立って、自らの主張を国際社会に発信するべきである。そして、日本政府は日本国民の幸福を追求する存在でなければならない。米国が日本にとって重要な国であることを否定する者は少ない。米国との関係を重視することを私は間違っていると思わない。しかし、米国を重視することと米国に隷属することはまったく違う。」

  

北朝鮮との問題の原点には2002年9月17日の小泉元首相による北朝鮮訪問がある。天木直人氏が指摘するように、小泉元首相は日朝平壌宣言に調印する過程で、拉致問題の解決を曖昧にしたままで北朝鮮への経済援助と国交正常化交渉開始を決めてしまった。

 

ところが、その後の日本国内での世論の強い反発を受けて、北朝鮮に密約していた日本の基本姿勢が宙に浮いてしまった。拉致被害者が問題の全面解決を求めるのは当然だ。日本が北朝鮮の核問題に関する十分な情報収集を行わずに国交正常化交渉開始の方針を決めたことも問題だった。日本の動向を事前に知らされなかった米国は、北朝鮮の核問題を重視して日本政府の行動をけん制した。

  

核問題を重視する米国は6ヵ国協議の枠組みで問題解決を図ろうとしたが、日本が6ヵ国協議進展の前提条件として拉致問題解決を主張して、協議が立ち往生した。結局、米国は日本の意向を無視して、核問題処理を条件に北朝鮮に対するテロ支援国指定解除に動くことになった。

  

  

日本は米国に梯子を外されながらも、米国の言いなりになるしかない状況に追い込まれている。問題の原点には、小泉元首相が自らの利害を優先して、変則的な外交を展開した事実が存在する。

  

  

2002年9月、日本経済は厳しい状況に追い込まれていた。株価が暴落し、経済悪化が深刻化した。2002年1月に田中真紀子外相を更迭して以降、小泉政権に対する支持率は急落し、政権は危機に直面していった。国民の批判から目をそらすことと、一部の外務官僚が正規の外交ルートを外れた交渉を進めて小泉元首相に情報を提供したことが結びついて、9月17日の突然の日朝首脳会談が開催された。

  

拉致被害者の一部の方々が帰国できたことは日本国民にとって最大の喜びであったが、この日朝交渉は、最初の時点での日本政府の対応に大きな問題があったと言わざるを得ない。

  

  

このような形で交渉をスタートさせ、日朝平壌宣言にまで調印してしまったために、その後の交渉が極めて困難になってしまったのだ。「拉致問題解決なくして国交正常化交渉なし」の正論が有効性を発揮できない状況を生み出してきてしまったのだ。

  

日本政府は拉致被害者の救出に全力をあげるべきで、そのための手法として、どのようなアプローチが良いのかについて、最大の知恵を出してゆかなければならないと思う。小泉政権を含めて小泉政権以降の政権が、「拉致問題の解決なくして国交正常化交渉、経済制裁解除、6ヵ国協議進展なし」と主張してきたにもかかわらず、今回、米国が北朝鮮に対するテロ支援国指定解除に動くと、何らの説明をも示さずに、経済制裁解除に進むことに大きな疑問を感じないわけにいかない。

  

  

私が問題にしている対象は、日本政府の外交姿勢が完全な対米隷属になってしまっていることにある。日本政府は北朝鮮との問題について、当初から筋を通した交渉を進めるべきであったし、その場その場で、交渉姿勢を変遷させてきたことも問題である。

  

  

日本でいま最も大切なことは、本当の意味で日本の政治を「CHANGE」することである。小泉政権の芝居に乗せられて、2005年9月の郵政民営化選挙で、国民は与党に衆議院の3分の2以上の議席を付与してしまった。しかし、小泉政権は、①弱肉強食礼賛・弱者切り捨て・格差拡大推進の市場原理至上主義、②官僚利権死守、③対米隷属外交を基軸に据え、国民に大きな苦しみをもたらした。

  

昨年7月の参議院選挙で国民は自民党を惨敗させ、参議院野党に過半数の議席を付与した。本年4月の衆院補選、6月の沖縄県議選でも自民党を惨敗させた。国民が次期総選挙で野党を勝利させれば、日本の政権が変わる。官僚機構が実権を握る「官僚主権構造」を打破し、「市場原理至上主義」を是正して、弱者を適正に保護する施策を実行することができるようになる。

   

また、対米隷属から脱却して、正義と公正を軸に日本の独立自尊外交を示すことも可能になる。既得権益、既成権力を打破して、国民主権、地域主権の新しい日本の統治システムを構築する最大のチャンスが近づいている。

  

  

政権与党は死に物狂いで既得権益の維持、政権の維持に邁進する。国民の判断に最大の影響を与えるマスメディアを総動員して、世論を誘導しようと動くのだ。

  

自衛隊イージス艦による漁船衝突沈没事故は三浦和義氏のサイパンでの逮捕のニュースでかき消された。後期高齢者医療制度に対する国民の怒りが沸騰した時点では、テレビ報道の大半の時間が四川大地震にすり替えられた。

  

山口2区衆院補選、沖縄県議選での与党惨敗のニュースは大きく報道されなかった。憲政史上初の首相に対する参議院での問責決議案可決は衆議院での信任決議可決とセットで報道された。

  

  

最近の政治ニュースは自民党内部の「上げ潮派」と「財政再建派」の対立を紹介するものばかりで、民主党の動向が政治ニュースから姿を消している。民主党関係で登場するのは、前原誠司元民主党代表や大江康弘参議院議員などによる小沢一郎民主党代表を攻撃する情報ばかりである。

  

フジテレビ月曜9時ドラマが小泉元首相の元秘書官である飯島勲氏の監修により制作されていることが少しずつ知られるようになっているが、竹中平蔵氏と関わりの深い「脱藩官僚の会」が「CHANGE」のコピーを用いて、8月にも設立総会を開くとの情報が報道されている。今回の月9ドラマは変則的に5月12日に放送が開始され、8月中旬に最終回を迎える可能性が高い。

  

55年体制と呼ばれる政治体制の下で、自民党による政治支配が、ごく短期の例外期間を除いて50年以上続いてきた。自民党政治と官僚主権の統治システムは同義と解して差し支えない。小泉政権は「改革」を標榜したが、自民党内での権力掌握主体を「平成研究会」(旧田中派)から「清和政策研究会」(旧福田派)に「改革」したが、「官僚主権構造」は完全に温存した。

  

清和政策研究会が基盤を置いていると見られる財務省、警察、検察の権限は強化、拡大されてきた。官僚の天下り利権も温存され、新しい国家公務員制度の下で、「天下り」および「キャリア官僚制度」は制度的に、より強化される見通しである。

  

  

「脱藩官僚の会」を含む最近の政治論議および行動は、既得権益を維持する勢力が、既得権益を維持するために仕組んでいると洞察すべきである。「敵をあざむくにはまず味方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」という飯島勲氏の言葉を十分に踏まえる必要がある。飯島氏に誤算が生じているとすれば、その原因はこの言葉を公開したことにあるだろう。参謀は陰に隠れていてこそ真価を発揮する。

  

  

既得権益を打破し、新しい価値を生み出すには、その既成権力が退場し、新しい主体が登場しなければならない。国民は「まやかしの改革」に目をくらまされてはならない。大きな変革を実現するには、志を共有できる者が、小異を残して大同につき、無私の精神で協働しなければならないと思う。

  

真の改革を目指す者が小異によって分裂するのでは、既成権力の思うつぼである。政権交代に基軸を据えて、総力を結集しなければならない。既成権力はマスメディアと財界の財力を総動員して、政権交代の阻止に全力をあげるだろう。心ある人々は草の根から情報を発信し、野党勢力は小異を残して団結する必要がある。

  

  

市場原理至上主義が蔓延し、日本社会が崩壊することを阻止しなければならない。政府は国民の幸福を実現するために存在する。少数の力の強い人々にとって都合の良い社会を作るために存在するのでも、外国勢力にとって都合の良い社会を作るために存在するのでもない。これまで権力を掌握してきた官僚機構が引き続き権力を維持するために存在するのでもない。本当の変革を実現するために、私たちが草の根から地道な運動を展開しなければならないと思う。

  

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2008年6月21日 (土)

政治の対立軸(2)三つのトピックス

政治の対立軸として私は三つの問題が重要だと述べてきた。第一は市場原理と弱者保護についての考え方。「市場原理至上主義」対「弱者保護重視」と置き換えてもよい。第二は官僚利権に対する考え方。「官僚利権温存」対「官僚利権根絶」と捉えられる問題だ。第三は外交の基本姿勢。「対米隷属外交」対「独立自尊外交」と置き換えることができる。

  

この問題に関連して、三つのトピックスが提供されている。①日本の自殺者が10年連続で3万人を超えたニュース、②グリーンピースが告発した鯨肉横領問題が不起訴処分になったこと、③拉致問題の解決なく経済制裁解除に動き始めた福田政権、の三つだ。

  

  

以下は自殺者3万人超についての朝日新聞記事(2008年6月19日12時10分)である。

  

 昨年1年間に全国で自殺した人が前年比2.9%増の3万3093人で、統計が残る78年以降では03年に次いで過去2番目に多かったことが19日、警察庁のまとめでわかった。60歳以上の高齢者や、働き盛りの30歳代がいずれも過去最多だった。自殺者が3万人を上回ったのは98年以降10年連続。

 原因・動機については、自殺対策に役立てるため、今回のまとめから52分類に細分化。三つまで複数選択できるようにした。原因・動機を特定できた2万3209人では、健康問題が1万4684人で最も多く、経済・生活問題が7318人、家庭問題が3751人、勤務問題が2207人と続いた。

 健康問題の内訳では、うつ病が6060人で最多。このうち30歳代が996人、40歳代が940人で、50歳代以上だけでなく、子育て世代にも広がっている。職業別では、被雇用者・勤め人が1341人、自営業・家族従事者が371人だった。

 勤務問題の内訳=図=では、多い順に「仕事疲れ」が672人、「職場の人間関係」が514人で、いずれも30歳代が3割弱を占めて最多だった。「仕事疲れ」の8割以上がサラリーマンなど被雇用者・勤め人だった。

 都道府県別では東京3047人(前年比382人増)、大阪2241人(同289人増)、神奈川1845人(同206人増)など大都市圏での増加が目立った。10万人当たりの自殺者数では山梨(39人)が全国で最悪だった。また、いじめが動機の自殺は14人だった。

 男女別では、男性が2万3478人、女性が9615人でいずれも前年より2.9%増えた。

 年代別では、60歳以上が1万2107人(前年比8.9%増)で2年連続で増えた。前年を上回ったのは、40歳代の5096人(同1.8%増)、30歳代の4767人(同6.0%増)だった。

 

  

 自殺者が3万人を突破したのは1998年だった。97年の2万4391人から3万2863人へと8000人以上も急増した。1998年は97年の9兆円国民負担増加政策により、株価暴落、経済崩壊がひろがり、長銀や日債銀の破たんが広がるなど、日本経済が激しい混乱に陥った年だった。

  

 自殺者がピークを記録した2003年は、小泉政権が景気悪化推進政策を実行し、株価が暴落、金融恐慌の現実が日本経済に差し迫った年だった。 

  

小泉政権が「自己責任原則」という金融行政の根本原則を放棄して「税金によるりそな銀行救済」を実行したことによって金融恐慌は回避され、その後、株価上昇と日本経済回復が実現したが、自殺者は減少せずに現在に至っている。

  

  

 政府は自殺の原因として「うつ病」を強調している。「うつ病」を中心とする現代日本での「心の問題」は重要だが、諸外国と比較しても突出している日本の自殺の背景に、経済社会の荒廃、市場原理至上主義が横たわっていることを忘れてならないと思う。

  

 自殺の背景として最も多いのが「健康問題」、第2位が「経済・生活問題」だ。しかし、健康問題の裏側に経済問題が潜んでいることを見落としてはならない。

  

  

 後期高齢者医療制度問題は高齢者の医療費負担、保険料負担がいかに深刻であるのかを明らかにしている。経済的な不安と健康不安とは表裏一体をなしていることが圧倒的に多い。

  

  

 労働市場の構造変化も激しい。1985年に12%だった非正規雇用者の比率は30%台に急上昇している。15-25歳の労働者では非正規雇用者が2分の1を占めている。

 労働コストの削減を優先する企業は人件費のかさむ中高年労働者をターゲットに人員削減にいそしんでいる。雇用・生活に対する不安、職場での心理的圧迫が心の変調をもたらしていることも多い。

  

 経済が浮上してくれば、国民生活は楽になりそうなものだが、小泉政権が推進してきた「市場原理至上主義」の下で、景気回復下にもかかわらす格差が拡大し、固定化される傾向が強まっている。大企業の利益は史上最高を更新しているが、一般労働者、経済的弱者、社会的弱者は景気回復から完全に取り残されている。

  

  

 「日銀短観」という調査が3ヵ月に1度発表されている。次回は7月1日に発表されるが、この調査には企業の規模、業種別に業況判断が示される。大企業の業況は好景気を示しているが、中小企業の大半は不況のただなかで推移したままである。地方の街角景気を代表するのが、「小売」、「飲食・宿泊」、「建設」の3業種だが、この3業種は日本経済がいざなぎ景気を超す景気拡大期間の下で一度も浮上しなかった。

  

  

 年金、医療費などの国民負担は増加の一途をたどり、高齢者の負担についての将来の姿がまったく見えない。高齢者が安心して、生きがいを持って生きてゆける社会を構築しなければならないのに、現実は明らかに逆方向を示している。

  

  

 市場原理至上主義に反対する具体的な政策提言として、私は労働市場の改革、教育に対する助成、弱者保護のセーフティーネット強化を唱えている。同一労働・同一賃金制度の導入、初等教育の充実、高等教育を受ける機会の保証、社会的、経済的弱者の適正な保護策を今後も訴えてゆきたい。

 

  

 グリーンピース関係者が逮捕され、世論がグリーンピース・バッシングに誘導されているが、財政資金が投入されている機関の不透明な実態の全容を解明することの必要性はまったく減じていない。

  

 「カナダde日本語」の美爾依さんが、私の記事を紹介くださるとともに、この問題について貴重な見解を示されている。私は重要な告発は適正な手順を踏んで行われるべきだと考えるが、国民の税金が100億円も投入されてきた調査捕鯨事業に不透明な点が存在することは重大な問題だと考える。

  

 検察は刑事告発を受けたが不起訴処分を決定したとのことだが、十分に適正な捜査が行われたとは考えられない。政治権力が司法、警察、裁判所を支配する現代日本は極めて危険な状態にあると言わざるを得ない。

  

   

 私が「天下り根絶」を唱えるのは、私が大蔵省で勤務した2年間の体感に基づく。官僚は国民の幸福を目指して行動していない。官僚はそれぞれの官庁の利害に沿って動いている。実際のエピソードは『知られざる真実-勾留地にて-』(イプシロン出版企画)に記したが、この問題を解決しない限り、国民本位の良い社会を構築することは不可能だと考える。

  

 各種世論調査は、「政府の無駄を排除したうえでの国民負担増大であれば受け入れる」との考えを持つ国民が過半数を超えていることを示している。国民が安心して暮らせる社会保障制度を支えるのにお金が必要なことは誰もが知っている。本当に必要な負担であれば、国民は負担に応じるのだ。

  

 しかし、国民に負担増大を求める前に公的部門の無駄、適正でない利権を排除すべきであるのは当然だ。政府関係機関や金融機関に、永年一生懸命汗を流して働いてきた人がいる。ところが、所管官庁の役人経験者がある日突然やってきて、トップに居座る。役所がこれらの機関に恩恵を与え、これらの機関は見返りに幹部ポストを差し出しているのだ。

  

  

虎ノ門に集中する公益法人は、多くが単なる天下り組織である。政府は天下り機関と随意契約を結び、巨額の財政資金を投入し、多数の天下り役人が法外な報酬を得ている。

 天下り利権が官僚利権の中核であり、その根絶を成し遂げるのが本来の「改革」の目標である。郵政事業を民営化して、銀行業界と米国資本の要望を満たすことが改革ではない。

  

 

 福田政権は北朝鮮が拉致被害者についての再調査を開始すると表明したことを受けて、北朝鮮に対する経済制裁を一部解除する方針を示した。その背後に、米国の北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除の意向が存在することは明白だ。

 

 グリーンピース関係者を逮捕までする日本政府が、拉致問題の全面解決を棚ざらしにしたまま、経済政策解除に動くのは、日本の「対米隷属」を象徴する以外の何者でもない。

  

 イラクが大量破壊兵器を保持していると米国が言えば、十分な裏付けを取ることもなく同調して対イラク戦争を支持する。拉致問題の解決なくして経済制裁解除なしと国民に約束しておきながら、米国が対北朝鮮宥和策に動くと正当な根拠なく追従する。

  

 日本は正義と公正の視点に立って、自らの主張を国際社会に発信するべきである。そして、日本政府は日本国民の幸福を追求する存在でなければならない。米国が日本にとって重要な国であることを否定する者は少ない。米国との関係を重視することを私は間違っていると思わない。しかし、米国を重視することと米国に隷属することはまったく違う。

   

  

 官僚も政治家も自己の利害得失を優先しすぎている。公務員は国民への奉仕者であるし、政治家は有権者の幸福を第一に考えるべき存在だ。また、メディアは、社会の木鐸として権力と距離を保たなければならない存在だ。それぞれが、本来の役割に立ち帰ることが求められている。

  

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2008年6月20日 (金)

劇場型政治手法の再来

神州の泉様ミクロネシアの小さな島・ヤップより様こわれたおもちゃをだきあげて様高原千尋の暗中模索様空に向かって様オホーツクの詩季様、貴重なご高見、ならびに記事の紹介ありがとうございました。深く感謝申し上げます。

  

自民党内の政策論争が激化しているように見える。「財政再建派」と「上げ潮派」の意見対立である。

  

  

福田首相に対する問責決議案が憲政史上初めて参議院で可決され、有権者の多数が衆議院の解散総選挙を求めている。マスメディアが国民世論を尊重して、解散総選挙を求める論調を強めれば、政治は国民の意思を問う総選挙に向かう局面だ。

  

  

しかし、マスメディアは解散総選挙を求める論陣をまったく示していない。政治権力は現時点での総選挙を封印しようと強い意志を持ち、政治権力に支配されたマスメディアは政治権力の意向を代弁して、解散総選挙への流れを阻止するための情報操作を実行している。

  

  

自民党は次期総選挙までの時間を少しでも多く稼ぎ、その期間に支持率回復を図る考えを有している。そのための基本戦術は、政治論議の劇場化、壮大な三文芝居の再演であるように感じる。

 

  

私は6月3日付記事「「敵を欺くにはまず味方を欺く手法」に警戒すべし」に、以下のように記述した。

  

「小泉政権以来の常套手段は、与党内に反対論を存在させ、政府決定がその反対を押し切って決定されたように装うことである。政権が与党内の強い反対を押し切って新制度を導入したとの演出を凝らす。政府御用の報道番組はその装いの上に「報道」の装飾をさらに重ね合わせる

  

自民党内でこれから「財政再建派=増税派」VS「上げ潮派=歳出削減派」の対立が演出されることになる。「上げ潮派」は消費税の増税よりも歳出削減、「小さな政府」を主張し、財務省とも対立する素振りを示すと考えられる。

   

財政再建派は社会保障制度の安定性確保のための消費税増税を主張する。だが、総選挙を控えて与党が増税方針を最終的に決定する可能性はゼロである。最後は「歳出削減派」が勝利する。小泉元首相と中川秀直氏を中心とする新しい政治勢力が自民党を最終的に代表することになるだろう。麻生氏が担がれる可能性もある。同時に自民党は選挙に不利な増税も真剣に論じる政党であることをアピールする。」

   

 

また、6月17日付記事「「政治的」テレビドラマと今後の政治日程」には、以下のように記述した。

   

「現在、自民党内部で「官僚権力温存」と「官僚権力打破」の対立が存在するかのような演出が進められつつある。月9ドラマ『CHANGE』は、この対立図式で描かれる自民党内の二つの勢力のうち、「官僚権力打破」を装う勢力にとっての推進力として活用されようとしているのだと考えられる。

  

小泉元首相、中川秀直元自民党幹事長、小池百合子元環境相、そして小泉チルドレン、さらに旗揚げされた「脱藩官僚の会」が連携する可能性がある。6月16日の朝日新聞は、「脱藩官僚の会」が8月下旬の臨時国会召集前に設立総会を開く予定であると報じている。

   

月9ドラマ『CHANGE』は、通常の4月スタートでなく異例の5月12日スタートになったが、1クール=3ヵ月で最終回を迎えると、8月上旬が最終回になる。「脱藩官僚の会」設立総会開催に向けてドラマ最終回が準備されるとも読み取れる。

   

「敵をあざむくにはまず味方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」の言葉をもう一度、吟味する必要があるようだ。」

  

  

  

「官僚利権の根絶。経済成長による税収の確保。消費税増税などの増収措置は官僚利権を根絶したうえで着手すべし。財政再建目標は経済成長の促進と無駄な政府支出の排除によって達成可能である。」

  

この主張は私の持論である。2001年に小泉政権が発足した時、私はこの主張を掲げて小泉政権に対峙した。小泉政権は「成長率引き上げによる税収増大の主張は空論である」として、徹底的な超緊縮財政に進んだ。

  

  

官僚利権の中核は「天下り」であって、「天下り根絶」こそ「改革の本丸」であるとの私の主張に対して、竹中平蔵氏は「天下り問題は瑣末な問題」と議論に応じることもしなかった。

  

  

  

ところが、いま、この持論が、そっくりそのまま「上げ潮派」と呼ばれる人々によって使用されている。私は8月に設立総会が開かれる予定の「脱藩官僚の会」が自民党の「上げ潮派」と結託する可能性が高いとにらんでいる。

  

  

フジテレビ月9ドラマ「CHANGE」最終回はこの政治新勢力結成に照準を合わせているように考える。小泉元首相、中川秀直自民党元幹事長、小池百合子元環境相、武部勤自民党元幹事長、渡辺喜美行革相、小泉チルドレンが連携する可能性が高い。

  

  

脱藩官僚の会に名を連ねる高橋洋一氏、岸博幸氏らの裏側には竹中平蔵氏が位置している。そして、全体の裏側にフジテレビドラマ「CHANGE」を監修している飯島勲元首相秘書官が位置すると考えられる。

  

  

  

  

新勢力結成に際して、民主党から「脱藩」する議員が出る可能性もある。民主党凌雲会の前原誠司元民主党代表は小沢一郎民主党代表への批判を強めており、小泉元首相との勉強会にも名前を連ねている。民主党を分裂させる構想を有している恐れもある。

  

  

「経済成長重視」、「増税よりも歳出削減優先」、「天下り根絶」の組み合わせは私が永年主張してきた政策の骨子であり、対極に位置していたのが小泉政権だった。小泉政権の政策を全面的に支持してきたのが、中川秀直氏であり、竹中平蔵氏だった。これらの人々が、経済政策の基本路線を全面的に転換したことは驚きである。

  

  

過去の経緯はどうであれ、正しい政策が実行されることが大切だから、この政策方針が実行に移されることは望ましい、しかし、私はさらに二つの重要な柱が加えられなければならないと考えている。

  

 

「弱者の適正な保護」と「独立自尊外交」だ。この点に関して上記の政治勢力に多くを期待することは残念ながらできない。「弱者切り捨て」は容赦なく進められており、外交政策路線は完全な「対米隷属外交」である。

 

  

「官僚利権根絶」の主張も疑わしく思う。実現した国家公務員制度改革は改革の名に値するものではない。キャリア官僚制度が官僚利権自己増殖の大きな背景だが、新制度では名称が変更され、微小に人事運営が変更されるだけである。天下りの決定部局は変更されるが、天下りが逆に制度として固定化されるリスクの方が高い。

  

  

  

自民党内での路線対立を演出して、マスメディア報道を自民党に集中させる。自民党内の異論を押し切って、国民本位に見える政策を自民党の政策として決定させる。反対する勢力が「抵抗勢力」で推進する勢力が「改革勢力」=「正義の勢力」との図式をイメージ化し、正義の勢力が勝利を収めることによって、国民の支持を吸収する。

  

  

小泉政権の劇場型政治演出がいま、再現されようとしている。繰り返すが、官僚主権構造と自民党支配の政治構造とは表裏一体をなしている。小泉氏-中川秀直氏-竹中平蔵氏が実権を保持していた期間に、官僚利権は排除されず、増強された事実を忘れてはならない。

  

   

 

民主党の真の改革推進勢力が軸となり、本当の意味の「改革路線」を明確に打ち出さなければならない。「官僚利権根絶」=「天下り根絶」、「弱者保護」、「独立自尊外交」を基軸に据えた「真の改革」政策プログラムを提示し、国民に真実を知らせてゆかなければならないと思う。

 

  

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2008年6月19日 (木)

政治の対立軸(1)市場原理至上主義VS弱者保護

政治・政策をめぐる論議は概ね1年以内に衆議院総選挙を控える日本にとって、極めて重要だ。本ブログでも、日々発生する諸問題への考察を通じて、日本の世直し、本当の意味における「改革」の方向を考察してゆきたい。数回に分けて、政治の対立軸について考えてみる。

 

   

次期衆議院選挙は日本の命運を分ける重大な分岐点になる。既得権益を保持する勢力は、既得権益を守ることを第一と考える。国民は小泉政権が推進した政策が日本社会に深刻なひずみをもたらしてきたことに、ようやく気付き始めた。

  

格差社会、後期高齢者医療制度に象徴される高齢者いじめ、障害者自立支援法に象徴される経済的弱者いじめ、などの実態がようやく広く国民に意識され始めた。

  

2003年半ばにかけては、日本経済が深刻な経済危機に直面した。危うく金融危機に突入するところまで事態は悪化したが、政府によるりそな銀行救済を転換点に経済金融は安定化に向かった。

  

洞察力を持つ国民は、一連の事態の推移を通じて外国資本が巨大な利益を獲得したことを見逃していないが、多くの国民は政治権力に支配されたマスメディアの誘導により、政府の経済政策が成功を収めたと錯覚してしまった。

  

 

私が10年来主張してきた官僚利権の根絶について、最近までほとんどの人々は無認識だった。2001年に発足した小泉政権に対しても、私は天下り利権の根絶を提言したが、竹中経財相(当時)は天下り問題を瑣末的問題にすぎないと論評した。

  

 

私は政治の対立軸として三つの問題が重要だと考える。第一は市場原理と弱者保護についての考え方だ。「市場原理至上主義」対「弱者保護重視」と置き換えてもよい。第二は官僚利権に対する考え方、「官僚利権温存」対「官僚利権根絶」と捉えられる問題だ。第三は外交の基本姿勢だ。「対米隷属外交」対「独立自尊外交」と置き換えることができる。

  

小泉政権の政策方針は①「市場原理至上主義」、②「官僚利権温存」、③「対米隷属外交」、を基本に据えていた。小泉政権が「改革」を旗印に掲げて「官僚利権」に切り込もうとしていたのではないかとの錯覚が存在するが、小泉政権が官僚利権、とりわけ財務省利権を全面的に擁護したことは間違いない。

  

2006年にかけて政府系金融機関の機構改革が論議されたが、財務省系金融機関への天下りは結局維持された。財務省利権温存の姿勢はその後の安倍政権、福田政権に引き継がれた。この点は、本年の日銀人事で福田政権が最後まで財務省の天下り利権維持に執着したことにより証明されている。

 

  

今回は、市場原理至上主義について考える。

  

『国家の品格』(新潮新書)の著者藤原正彦氏は市場原理主義について以下のように指摘する。

  

「「市場原理主義」は「共生」にも似て単なる経済上の教義ではなく、経済の枠を越え、あらゆる面に影響を及ぼすイデオロギーである。人間の情緒とか幸福より、効率を至上とする論理と合理を最重視する点で論理合理と言ってもよい。」(「国家の堕落」『文藝春秋』2007年1月号)

  

 

竹中平蔵氏は「頑張った人が報われる社会を目指す」と主張していたが、その成功事例としてあげていたのは、たとえば堀江貴文ライブドア元社長などのような人物だった。私はこの価値観に根本的な違和感を禁じえない。

  

金融市場の特性を利用して、労少なく巨大な富を獲得することは、たしかにひとつの才能による収穫物であるかも知れないが、そのよう金銭的成功を政府が奨励し、成功者をたたえることをもって、「頑張った人が報われる社会」だと評価するなら、私はこの主張に賛同しない。

  

努力を否定する考えは毛頭ないし、頑張った人が適正に報われる社会を望ましいと思う。ここで問題になるのは、「頑張った人が報われる」と表現する事象の具体的な姿である。会社を興し、株式市場に上場し、巨大な利益を獲得することをもって「頑張った人が報われる」と捉える感性に、私は強い違和感を覚える。

  

  

世の中には「頑張っているのに報われない」人々が無数に存在する。この無数の人々に焦点を当てて、頑張ったことに応じて、相応の報酬が得られるような状況を整備するとの意味で、「頑張った人が報われる社会」を目指すのなら賛同できる。

  

  

小泉政権が市場原理至上主義に基づく経済政策を推進した下で、日本の格差問題は急激に深刻化してきた。三つの重大な問題を指摘することができる。第一は、労働市場における格差が急激に拡大し、しかも格差が固定化される傾向を強めていることだ。問題はとりわけ若年層で深刻である。

  

現在、15-24歳の労働者では2人に1人が非正規労働者だ。悲惨な秋葉原事件などの問題が多発している大きな背景として、若年労働市場の厳しい現状が指摘されている。格差拡大、格差固定化傾向の強まりは、人々の精神的充足感に重大な影を落とし始めている。同一労働・同一賃金制度の導入などの抜本的な対応が求められている。

  

  

第二の問題は、教育の問題だ。市場メカニズムを尊重し、結果における格差を容認するための重要な前提条件は、「機会の平等」が確保されることだ。「機会の平等」を考える際に、最も重要なのが教育を受ける機会の保障だと思う。ところが、日本は教育への取り組みが貧困である。

  

日本政府の教育支出の対GDP比は、高等教育で0.6%とOECD加盟国30カ国のなかで、韓国と並び最下位だ。高等教育に要する費用のなかの家計負担率は、60.3%とOECD加盟国で第1位である。

  

能力があり、夢があり、意欲もあるのに経済的理由で高等教育を受けることができない状況の解消に政府は力を注ぐべきだと思う。小泉政権以来の政権は財政収支改善のために教育関係支出をさらに削減しようとしているが、逆行した行動と言わざるを得ない。

  

  

第三の問題は、市場原理至上主義と財政再建の重要性が喧伝されるなかで、社会的、経済的弱者に対する支出が冷酷に切り込まれてきたことだ。小泉政権の登場以降、日本の政治思潮は従来の「ケインズ的経済政策と市民的自由」の組み合わせから「ハイエク的経済政策と治安管理を重視する政治体制」の組み合わせに大きく旋回してきたと指摘される。

  

  

「頑張った人が報われる社会」との偽装されたスローガンの下に「市場原理至上主義」が日本を覆い尽くしてきたように感じられる。その具体的証左が障害者自立支援法、高齢者や母子世帯に対する生活保護圧縮、後期高齢者医療制度などである。「障害者自立支援法」は「自立」だけを強調し、障害者の「生存権」を脅かしている。

  

世界の大競争進展のなかで、市場メカニズムを活用し、日本経済全体の効率を高めることが望ましいことに異論はない。役割を終えたさまざまな経済的規制は撤廃すべきである。

  

しかし、政府が国民の幸福実現のために存在するとの原点を忘れてはならない。「豊かな社会」とは社会を構成する要員のなかの最も弱い部分が強固に支えられている社会だと私は考える。政府は基本的に強い者のために存在するのではなく、弱い者のために存在すると考える。

  

  

政治の対立軸の第一に弱者保護に対する基本姿勢を位置付けるべきだと思う。市場原理至上主義に賛同する国民も多数存在するだろう。どのような価値基準を持つかは個人の自由に帰属するのだから、そのような考え方を基軸に据える政治勢力が存在することは当然だろう。政権与党が市場原理至上主義を基軸に据えるなら、反対勢力は弱者の適正保護と機会の平等確保重視を基軸に据えた政策綱領を提示するべきだと思う。

 

 

 

 

     

本ブログで山口正洋氏や藤井まり子氏などの問題に言及したために、本来の課題である日本の政治・政策について記述することへの時間配分が減少してしまった。

 

しかし、本ブログ『知られざる真実』が追求する真実には、私が巻き込まれている理不尽、不条理の真相、深層を明らかにすることも含まれている。現代日本の権力構造、社会支配の実相を正確に知らなければ、本当の意味での世直しは不可能である。事件の真相を明らかにすることによって、問題解決の方向が見えてくるとも考えている。

  

上記の問題は政治権力が主導する日本のメディアコントロールの問題と不可分に結び付いている。多くの見識ある人々が、この問題を正確に理解され、正当で意義深い見識を示してくださっていることにより、多くの人に真実を伝えることができ、同時に歪んだ日本の言論空間に警鐘が鳴らされている。この意味で、私はこれまでの論議を意義深いと考えている。

      

 

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2008年6月18日 (水)

「政治的」テレビドラマと今後の政治日程

6月3日記事および6月10日付記事に記述したフジテレビ月曜9時ドラマ『CHANGE』について、「週刊ポスト」2008年6月27日号(小学館)が「キムタク総理『CHANGE』は飯島勲元秘書官に操られている!?」と題する記事を掲載した。

 

この問題を早くから指摘してきたのは、まぐまぐメルマガ大賞政治部門1位の「国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」」で、直近のメールマガジンでもこのことを指摘している。小野寺氏の情報は非常に早い。

 

上記「週刊ポスト」記事は、『CHANGE』のエンドロールに「監修 飯島勲」の名が示されることを指摘している。監修者には時事通信社解説委員の田崎史郎氏が名を連ね、「政治指導」のクレジットで渡辺喜美行革担当相の秘書・田中良幸氏が協力していることも明らかにしている。

「放送法」第1章総則第1条(目的)には以下の規定がある。

第1条 この法律は、左に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。

1.放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。

2.放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。

3.放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。

  

また、第3条の2(国内放送の番組の編集等)に以下の規定がある。

第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。

1.公安及び善良な風俗を害しないこと。

2.政治的に公平であること

3.報道は事実をまげないですること。

4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

  

第1条の「放送の不偏不党」、および第3条の「政治的に公平であること」の規定に、『CHANGE』が抵触していないかどうか、検討が求められる。

  

小野寺氏が指摘してきたように、『CHANGE』は飯島勲氏の著書『代議士秘書-永田町、笑っちゃうけどホントの話』(講談社文庫)をベースに制作されている可能性が極めて高い。「週刊ポスト」の上記指摘はこのことを明確に示している。

  

  

小野寺氏は、第1回放送での、阿部寛扮する199勝1敗の選挙プランナー韮澤勝利が、主演の木村拓哉扮する朝倉啓太(第3話で総理大臣に就任)に叫ぶ、

 

「いいか 選挙は日本でできる唯一の戦争だ」

  

の台詞が飯島勲氏の上述著書第二章78ページからの小章「選挙は日本でできる唯一の戦争だ」末尾(82ページ)にある、
  

教訓「選挙とは武器を使用しない、日本でできる唯一の戦争なり。

 

敵をあざむくにはまず見方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」

  

と一致していると指摘した。

   

6月3日付記事に記述したように、第4回放送でのダム建設をめぐる行政訴訟で朝倉首相が「国は控訴しないことを決定した」と述べるシーンが、小泉元首相がハンセン氏病訴訟で控訴断念を決する場面と重ね合わせられていることは明白だ。

  

 6月10日付記事に記述したように、第5回放送では、朝倉首相が日本の国益を最重視して、米国との通商摩擦を見事に切り抜けるストーリーが展開された。木村拓哉扮する朝倉啓太首相を小泉元首相のイメージに重ね合わせようと演出しているようだが、実際の小泉政権は日本の国益を放棄して、ひたすら米国の国益のために行動した疑いが濃厚である。

  

視聴者が十分な政治経済の知識を持って、批判的検討を加えながらドラマを視聴するなら良いが、深く考えずに単なる娯楽番組と捉えてしまうと問題は重大だ。ドラマ放映が政治的に利用され、視聴者が政治的に誘導される危険性が極めて高い。

  

日本の最大の構造問題は財務省を中核とする「官僚主権構造」にあると私は訴え続けている。「官僚主権構造」の問題とは、①官僚機構が意思決定の実権を握っている、と同時に、②官僚機構が国民の幸福を追求せずに、自己の利益増大を追求していること、③政治がこの現状を「改革」しようとせずに「温存」していること、である。

   

日本の真の改革は、「官僚主権構造」を打破して、根本から国民主権の構造を再構築することだ。「官僚主権構造」は「自民党一党支配構造」と不可分に結びついてきた。小泉政権は「改革」の看板を掲げたが、「官僚主権構造」には指1本触れることすらできなかった。小泉政権の5年半に官僚機構の実質的な権力は増強されたと言って間違いない。

  

官僚機構の中心に位置するのが財務省である。また、政権は強大な権力を行使するために警察・検察・裁判所支配を強めてきた。これらの官僚機構の権限を強化し、その権力の上に自民党政権が位置することによって、強大な権力構造をさらに増強させてきたのだ。

  

現在、自民党内部で「官僚権力温存」と「官僚権力打破」の対立が存在するかのような演出が進められつつある。月9ドラマ『CHANGE』は、この対立図式で描かれる自民党内の二つの勢力のうち、「官僚権力打破」を装う勢力にとっての推進力として活用されようとしているのだと考えられる。

   

小泉元首相、中川秀直元自民党幹事長、小池百合子元環境相、そして小泉チルドレン、さらに旗揚げされた「脱藩官僚の会」が連携する可能性がある。6月16日の朝日新聞は、「脱藩官僚の会」が8月下旬の臨時国会召集前に設立総会を開く予定であると報じている。

  

月9ドラマ『CHANGE』は、通常の4月スタートでなく異例の5月12日スタートになったが、1クール=3ヵ月で最終回を迎えると、8月上旬が最終回になる。「脱藩官僚の会」設立総会開催に向けてドラマ最終回が準備されるとも読み取れる。

  

「敵をあざむくにはまず味方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」の言葉をもう一度、吟味する必要があるようだ。結論から言えば、自民党政権が官僚支配構造を破壊することは不可能である。自民党政治は官僚主権構造と不可分の関係にある。このことは、「改革」を標榜した小泉政権が官僚利権に対してまったくメスを入れられなかったことが明確に証明している。

  

「官僚権力打破」を標榜すると予想される新しい政治勢力の旗揚げは、「まず味方をあざむく」ためのものである可能性が高い。自民党がいま本気で恐れているのは、次期総選挙での敗北=政権からの退場である。民主党の支持率が自民党を上回っている現状で解散総選挙が行われれば、政権交代が現実のものになる可能性が極めて高い。

  

自民党が権力維持を目的に、再び壮大な三文芝居に打って出る可能性があると考える。しかし、政権交代なくして真の日本の改革はあり得ない。「見せかけの改革」に国民は騙されてはならない。「脱藩官僚の会」がたとえば民主党と連携して「天下り根絶」、「官僚主権構造打破」を示すのなら、性格はまったく異なるものになるだろう。その場合には「真の改革」が実現する道も開けるだろう。

  

現実には、これまで権力を掌握してきた自民党勢力が今後も引き続き権力を維持するために、味方をも欺きつつ、「改革」の演出を大規模に展開する可能性が高いのではないかと考える。民主党は手をこまぬいて事態を静観してはならない。既得権益を打破するには、権力の交代が不可欠である。民主党は野党共闘を視野に入れて政権奪取に向けての政策綱領を提示するとともに、政界大再編の可能性を十分に考慮して政治的戦術を綿密に構築しなければならない。

 

(追記)

「_~山のあなたの空遠く幸い人の住むという~」ブログ主宰者様、いつもインパクトの強いビジュアル版をご提供くださいましてありがとうございます。

  

  

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2008年6月17日 (火)

メディア・コントロールの闇

「神州の泉」様、「晴天とら日和」様、「カナダde日本語」様、貴重なメッセージを誠にありがとうございました。山口正洋氏のねつ造記事掲載問題に関するマスメディアの対応は、客観的に捉えても適正なものとは思えません。

 

山口氏をアルファブロガーと認知し、その存在や活動を肯定的に評価して紙面に紹介するとともに、福島中央テレビのアナウンサーによって山口氏のブログ記事が盗用されたことを大きく報道した報道機関が、山口氏が極めて悪質なねつ造記事をブログに掲載した濃厚な疑いが表面化したことに対して、適正に報道する責務を負っているというのが私の主張の骨子です。

  

賛同記事を掲載くださり、心から感謝申し上げます。マスメディアは情報を一般社会に公表するか否かの選択権を有します。読者が知るべき情報を不当に隠ぺいすることは、読者の知る権利を侵すものです。同時に、虚偽の情報を流布して人権を侵害することのないよう、報道に際して十分な裏付けを取ることも求められます。

  

私が6月8日付記事に河野義行氏の著書を紹介したのは、マスメディアの体質、報道被害の特質において、私が蒙った報道被害と共通する部分が存在すると感じたからでした。私が巻き込まれている問題を考察する場合、私が小泉政権を一貫して批判し、2003年のりそな銀行救済を含む一連の経済政策を糾弾してきたことを踏まえれば、一般的な報道被害とは異なる特異な背景を検討しなければ、問題の全容を解明することはできないと考えています。河野氏の著書を紹介させていただいたのは、報道被害のひとつの側面を理解していただくことが目的でした。

  

4月16日に東京高裁が不当判決を示した際に、私は刑事弁護団による記者会見で次のようなコメントを発表しました。以下に引用します

  

「控訴審での本日の判決は不当であり、強い憤りを感じます。公判においては私の無実を証明する目撃者が決定的な証言をしてくれました。これに対して検察側目撃者の証言には重大な誤りが含まれていることが明らかになり、根本的な疑いが多数あることから、その証言はまったく信用することができません。繊維鑑定の結果も私の無実を証明するものになっております。弁護団は控訴審において私の無実を立証したうえで十分な審理を求めましたが、東京高等裁判所はすべての証拠調べ請求を却下し、本日の判決を下しました。

私は事件発生当初から、私の知るすべてのことを供述し、無実の真実を主張し続けてきました。無辜(むこ)の人間に罪を着せることは許されることではありません。私は直ちに上告し、無実の真相を明らかにするために、闘い抜いて参る覚悟です。

メディア報道においては、第一審での弁護側目撃者の私の無実を証明する決定的な証言、弁護団の完璧な無実の立証、控訴審での弁護団のさらに詳細な無実の立証がまったく報道されておりません。私の裁判、報道に対して、大きな力が加えられていると考えざるをえません。

「無罪推定」を大原則とする刑事裁判が現実には「有罪推定」の原則に立ってしまっている現状、警察捜査の不正、取り調べの可視化など、日本の警察、司法制度の問題点が論議の対象になっているなかで、私の裁判について客観的で公正な視点から、事実を正確に報道していただきたいと強く要望いたします。

私が罪を犯しているなら、正直に事実を認めて罪を償っております。無実の主張を貫くことが困難な状況のなかで、無実の主張を一貫して貫いているのは、人間としての尊厳を重視し、いかなる困難を伴うにせよ、無実の罪を認めることはできないと考えるからです。私はどのような迫害を受けようとも、無実の真相を明らかにするために闘い抜いて参ります。」

  

  

山口正洋氏が2006年9月13日夜に発生した事件翌日の9月14日にねつ造記事をブログに書き込み、翌15日朝には蒲田警察署で接見してきたとの事実無根の情報をブログに掲載した問題は、問題の悪質さもさることながら、そのタイミングや方法の特異性を考慮するときに、何らかの背景の有無を思料せざるを得ないと強く感じています。

  

山口氏が掲載した9月14日記事は、2004年事件で証人として法廷に立ったとの事実無根の情報を掲載し、ブログ読者に山口氏が私と極めて近しい関係にあるとの印象を植え付けています。また、各種週刊誌は、週刊誌編集人あるいは執筆記者が法廷で証言したことが真実だとすると、警察から得た情報をもとに事実無根の虚偽の情報を氾濫させ、テレビ番組はその内容の真偽を確かめることなく虚偽の情報を放送し、番組内では権力に近いコメンテーターが著しい人権侵害の内容を含むコメントを私に対して浴びせかけました。

  

ねつ造記事を掲載した山口氏を産経新聞は「新聞報道に携わる記者が啓蒙を受ける人気ブロガー」と絶賛し、毎日新聞は「動機はある種の正義感」との見出しで山口氏を「アルファブロガー」として大きく報道しました。朝日新聞は現在も週刊誌「AERA」に山口氏による連載記事を掲載しています。これらのマスメディアがそろって山口氏のねつ造記事掲載問題について適正な報道を展開しないことも極めて不自然です。

  

自由民主党の広報戦略、IT戦略を担当する世耕弘成議員などが中心となり、インターネット対策として、有名なブログやメールマガジンの作成者を集めた懇親会などが開かれてきたとも伝えられています。山口氏が有力政治ブログの執筆者としてマスメディアに紹介されてきた背景についても、十分な調査が求められると思います。

  

私が巻き込まれた事件を含めて、すべての問題の背景に「大きな力」が働いているように感じられます。ただ、具体的な事実関係を完全に確認できていませんので、私はこれまで、あらゆる可能性を排除しない一方で、憶測に基づく仮説を提示することを避けてきました。

  

公正な裁判は「推定無罪」の原則に立つべきで、私の刑事裁判における弁護側主張は、もちろん無実の真実に基づいて主張を展開したものではありますが、無罪判決を求める論理のなかで「無罪推定」の原則を援用してきてもいます。

  

すべての真相を白日の下に明らかにし、全容を解明することが容易でないことは、問題が政治権力と不可分に結びついていることからも明白です。しかし、私は必ず真相を明らかにしなければならないと考えています。真実は最後には必ず勝利しなければならないと考えるからです。

  

そのための第一歩として、草の根からの情報発信を開始しています。ありがたいことに、少なからぬ人々が、善意から真実を見極めようとの真摯な姿勢を示してくださり、温かい言葉をかけてくださっています。私は自分の考えを『知られざる真実-勾留地にて-』に集約して記述しましたが、その延長上での地道な、しかし不撓不屈の精神に基づく権力との闘いを今後も続けてまいる所存です。なにとぞ、今後とも変わらぬご理解とご支援を賜りたく思っております。

  

  

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2008年6月16日 (月)

当面の内外経済金融情勢の展望

NY株価が6月6日に大幅に下落して以降、内外株式市場で先行き不透明感が強まった。米国金融市場では昨年半ば以降、サブプライム金融危機が顕在化して、米国金融市場の混乱が長期化、深刻化するとの見方が広がってきた。

 

本年3月に米国で大手証券ベア・スターンズ社の経営危機が表面化して金融市場の緊張感が高まった。FRBは290億ドルの緊急融資を実施した。実質的な公的資金による金融システム安定化策が示されたことで、金融システム不安に対する警戒感が大幅に後退した。

  

NYダウは5月1日に本年1月3日以来4ヵ月ぶりに13,000ドルを回復した。金融不安が最悪期を脱したとの見方が広がりつつあった。ところが、NY株価は5月2日以降、再び下落傾向を示し始めた。6月6日には、NYダウが前日比395ドル下落して、12,209ドルまで下落した。6月11日には12,083ドルと12,000ドル割れ目前まで株価調整が進んだ。

  

株価下落の主因は米国のインフレ懸念である。原油価格が6月6日に1バレル=139ドル台にまで上昇した。米国大手証券モルガン・スタンレーが同日、1ヵ月以内に原油価格が1バレル=150ドルまで上昇するとの見通しを発表したことがきっかけだった。6月6日、原油価格は前日比10.75ドル上昇し、1日の値上がり幅として史上最大を記録した。

原油価格高騰が持続し、インフレ圧力が強まれば、FRB(連邦準備制度理事会)はこれまでの金融緩和政策を見直さざるを得なくなる。インフレ圧力に対する警戒感はグローバルに拡大しており、ECB(欧州中央銀行)も7月3日の金融政策決定会合で利上げを実施する可能性を示唆し始めている。

  

米国政策当局は米国の金融緩和政策がドル下落とインフレ率上昇予想を生み、世界の投資資金が原油市場に急激にシフトして、ドル下落と原油価格上昇=インフレ率上昇を加速させる悪循環に対する警戒感を急速に強めたと考えられる。この状態を放置し、原油価格上昇、ドル下落、インフレ率上昇が強まれば、FRBの強力な金融引き締め策が必要になる。

  

米国政策当局はこれまでの「サブプライム金融危機対応優位」から、「インフレ心理払拭優位」に政策のプライオリティーを変更したと考えられる。私はこの判断が正しいと考える。

  

米国のサブプライム問題は、昨年年初から広く指摘されていた問題だった。不動産価格がすでに下落に転じていたことが背景だった。不動産格下落-不良債権増加-景気悪化-金融問題拡大の悪循環が警戒された。

  

昨年夏になり、サブプライム問題に伴う金融機関の巨額損失が表面化し始めた。しかし、FRBは金融緩和政策実行に躊躇した。原油価格が上昇し、インフレ警戒感が残存していたからだ。FRBは昨年8月から12月にかけて、慎重に金融緩和政策を始動させた。

ところが、昨年末から本年年初にかけて、サブプライム問題が急激に拡大する様相を示した。株価急落は世界市場に波及した。FRBはサブプライム危機に伴う金融システム不安回避にプライオリティーを与える方向に政策方針を転換した。FRBは大幅利下げとベア・スターンズ社問題処理によって当面の危機回避に成功した。

  

しかし、当初から、急激な金利引き下げがインフレ心理拡大を招く恐れが存在しており、この問題が本年5月以降に顕在化した。米国はドル下落圧力、原油価格上昇、インフレ圧力を抑制する方向に政策の舵を大きく切り替えつつある。この方針転換に伴い、景気悪化懸念が広がることは予想されるが、これを想定に入れつつ、新しい政策方針が示されていると考えられる。

  

ターゲットは原油市場である。原油市場には大量の投機資金が流入していると考えられる。原油価格ピークアウトが確認されれば、短期的な利ざやを追求する投機資金は一斉にポジション解消に進む。そうなると原油価格は予想以上の下落を示す。原油価格が大幅に反落すれば、金融市場のインフレ警戒感は大幅に後退する。

  

米国の政策当局がどこまで先行きを洞察していたのかは不明だが、米国政策当局の問題への対応順序は適正であったと考える。金融市場の混乱は、金融市場の機能不全リスク=システミックリスクが顕在化する場合に最大化する。政策当局が明確な行動によってこのリスクを排除すれば、不必要な金融市場の混乱を回避することが可能になる。

  

2002年から2003年にかけての日本では、逆に政策当局がシステミックリスクを煽動し、その結果として不必要な株価暴落が引き起こされた。経済、金融の混乱拡大による国民の犠牲は計り知れないものになった。この混乱で巨大な利益を獲得したのが外国資本であった点に、2003年日本金融市場混乱の黒い陰影が刻まれている。

  

6月13日発表の5月米国消費者物価コア指数(食品・エネルギーを除く指数)前月比上昇率が+0.2%にとどまったことを反映して、同日、NYダウは前日比165ドル上昇して12,307ドルに反発した。米国株価の調整が完了したと判断するのは時期尚早だが、今回の調整の主要因はインフレ懸念であり、インフレ懸念が後退すれば、不安心理は大幅に緩和されると考える。

  

米国経済が減速することはすでに予想されており、問題は景気後退とインフレの同時進行という「スタグフレーション」が現実化してしまうかにある。FRBはインフレ警戒の政策運営が短期的には景気心理を冷却化させても、中長期的な経済運営の視点からは、インフレ圧力を確実に遮断することが優先されるべきとの判断を堅持していると考えられる。

  

米国のサブプライム危機が2008年後半にかけて一段と深刻化するとの予測が金融市場では多数派であるが、私はこの見解に与していない。不動産価格下落-不良債権増加-経済悪化の悪循環が発生する典型的な不動産金融不況に対して、米国政策当局はこれまで極めて巧みに対応してきたと判断している。

  

リスクは原油市場にある。原油価格高騰が持続する間、金融市場の不安定性は根強く残存するだろう。株価下落、米ドル下落、長短金利上昇の反応が生じやすい。

  

CNNの報道によると、サウジアラビアのヌアイミ石油相は6月15日にジッダで国連の潘基文事務総長と会談し、来月から原油を日量20万バレル増産する計画を表明したとのことだ。同報道はさらに、22日にジッダで開かれるエネルギー価格高騰への対応策を協議する産油国と消費国の会議終了後に、産油国全体で日量50万バレル前後の増産が発表される見通しだと伝えた。

原油価格高騰に歯止めをかけようとする米国の行動が本格化し始めている。FRBはインフレ警戒に金融政策の軸足を移動させている。7月3日にECBが金利引き上げに踏み切ると為替市場ではユーロ上昇圧力が生じ、米国の利上げが迫られることになる。米国が実際に金利引き上げを実施すれば、金融市場には大きな影響が生じると考えられる。

   

原油価格高騰、インフレ警戒感、米ドル下落懸念、金融引き締め観測などが残存する間、金融市場は不安定な推移を示すと考えられるが、米国の経済政策が問題に適正な手順で対応していることを踏まえると、中期的には楽観し得る状況が生まれつつあると考える。

  

日本では、経済活動がピークアウトし、緩やかな景気後退が始動していると考えられる。内閣府は6月9日、景気動向指数において重視する指標をDIからCIに切り替えた。また、4月の一致指数について「局面変化」との基調判断を示した。2002年2月に始動した景気拡大局面が後退局面に移行した可能性が示唆されている。

6月16日の月例経済報告で、政府は日本経済の景気基調判断を3ヵ月ぶりに下方修正する見通しだ。生産指数、住宅着工が減少し、消費者態度指数も大幅に悪化している。6月11日に発表された2008年1-3月期の実質GDP成長率が年率4.0%に上方修正されたが、4-6月期についてはマイナス成長に転じる観測が強まっている。

   

米国株価調整、日本経済停滞、企業収益悪化は株価下落要因だが、昨年7月から本年3月にかけて日経平均株価は35.5%下落しており、日本の株価に割高感は存在しない。

  

米国のドル下落回避策検討、FRBのインフレ警戒姿勢などを背景に緩やかな円安傾向が観察されていることも、日本の株価支持要因になっている。日本の物価上昇率も上昇傾向を示し始めており、日銀による金利引き上げ観測が再び表面化するリスクもあるが、外国人投資家の日本株に対する投資意欲も拡大しており、日本の株価が3月安値を下回る可能性は低いと考える。

  

問題は日本経済のなかのばらつきが残存されたままであることだ。福田政権の経済政策は格差拡大にまったく対応を示していない。大企業の企業収益は史上最高水準にあるが、中小企業の大半は依然として厳しい景況感の下に置かれている。非正規雇用の下に働く労働者は多く、格差は一向に縮小しない。高齢者、母子世帯、非正規雇用労働者、障害者などの社会的経済的弱者に対する政府支出切り捨ての政策方針が堅持されている。ミクロの経済政策に大きな問題が残されている。

  

  

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2008年6月15日 (日)

毎日新聞社磯野彰彦氏への質問

「神州の泉」様「カナダde日本語」様「晴天とら日和」様「雑談日記(徒然なるままに、。)様「植草一秀氏を応援するブログ」様「一秀くんの同級生のブログ」様「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」様、貴重なご高見を拝読させていただきました。このほか多くの心ある皆様が意義深い記述を示してくださっております。心よりお礼申し上げます。

ヤフーポータルサイトでの検索では、2日ほど前から私に関連するブログ記事検索がやや困難になっております。理由は不明ですが、皆様の貴重なご高見を把握できていないことがあり、適切に対応申し上げられないことがありますことをお詫び申し上げます。

ヤフーニュースは、山口正洋氏のブログ記事が福島中央テレビのアナウンサーに盗用された問題を「国内ニュース」で大きく取り上げましたが、山口氏による私に関するねつ造記事掲載問題については、記事が「テクノロジーニュース」に分類されて掲載されています。記事盗用のニュース閲覧者が記事ねつ造のニュースには簡単にたどり着けないのではないかとも思われます。

このトピックを通してメディア・コントロールの問題について、思いをめぐらしてくださることを希望します。

  

私は、私が巻き込まれた事件についても、ブログで記述しているさまざまなことがらに関しても、すべて、真実をありのままに述べてきている。私が巻き込まれた事件に関する事実関係の概略については、拙著『知られざる真実-勾留地にて-』に記述した。また、裁判の法廷でも真実のみを述べてきた。

 

ブログへの虚偽情報記載はネット上の重大な問題である。私は5月25日付記事に山口正洋氏によるブログへのねつ造記事掲載について記述した。理由は、山口氏によるねつ造記事掲載が、私が巻き込まれている冤罪事件に対して看過することのできない重大な影響を与えたからだ。この点についての私からの見解表明が不可欠と考えて記事として掲載した。

この経緯については5月27日付記事に記述した。山口正洋氏が昨年5月に私の側から送付した内容証明郵便ならびに弁護士からの電話による通告に対応して誠意ある対応を示したなら、それ以上の措置を講じる考えはなかった。しかし、山口氏は1年以上経過した現在も、誠意ある対応を示していない。

  

電話を入れた弁護士は、2004年事件に関して山口氏が弁護士と連絡を取ったことが一度もないのに、山口氏が2006年12月6日に「植草一秀氏を応援するブログ」主宰者に「(前略)当時も今も連続性のある事件とされていますので、○先生もなにかを迂闊におっしゃるわけにはいかない、と私にはおっしゃってました。(後略)」との事実無根の内容を含むメールを送付した事実を知り、山口氏に内容証明郵便を送付するとともに、直接電話を入れた。

  

山口氏は電話で弁護士に対して謝罪し、私に関する虚偽の記載をしているブログ記事を消去することに同意したと私は弁護士から聞いている。私もその後、民事弁護団を代理人として山口氏に内容証明郵便を送付し、誠意ある対応を求めた。

当方が求めた対応は、

①私に関する虚偽情報を記述した記事を削除すること、

②今後は同様の虚偽情報を記述した記事を掲載しないこと、

③週刊誌等に山口氏が虚偽の情報を提供したと強く疑われるものがあり、その問題についての事実関係を当方に回答すること、

④今後は週刊誌等の取材に対して虚偽の情報を提供しないこと、

だった。

しかし、1年経過後の現在まで、山口氏から誠意ある対応は示されていない。弁護士を通じての謝罪もない。

  

私が山口氏によるねつ造記事掲載問題を記述したタイミングに、福島中央テレビアナウンサーによる記事盗用問題が表面化した。メディア報道は山口氏サイドからの指摘で問題が発覚したと伝えている。山口氏は同氏のブログに、「おい、人間としてのプライドはないのか?」の記事を掲載した。

  

山口氏について毎日新聞は、ブログ:アルファブロガーに聞く ~ 第7回 ぐっちーさん」のタイトルでインタビュー記事を掲載した。インタビュアーを務めたのが磯野彰彦デジタルメディア局次長である。

記事冒頭には「動機は「ある種の正義感」」の見出しが付されており、「実はブログの中では、良質な情報提供者って限られているわけです。書いている人が何百万といる中で、本当にちゃんと書いている人というのは限られているので、やっぱり実際に会って話をして、「この人は信用できる」っていう人のブログしか読んでないですね。」との山口氏の言葉を紹介している。磯野氏は山口氏に対して、「この人は信用できる」って判断されたのに違いない。

  

産経新聞は、政界混迷で注目を浴びる「ネット政談」人気ブロガー「やってらんないわ」断筆宣言」に、「政治報道に携わる者が啓蒙(けいもう)を受ける」、「ネット上での政治談議のなかの人気サイト、人気ブロガー」の一人として山口氏を紹介した。

  

また朝日新聞社は、週刊誌「AERA」に山口氏が執筆する「ぐっちーさん ここだけの話」と題する連載記事を掲載している。

   

報道各社は、福島中央放送のアナウンサーによるHPへのブログ記事盗用問題を大きく報道した。記事を盗用した福島中央テレビは、番組で謝罪するとともに、記事を盗用したアナウンサーをニュース番組のメーンキャスターから降板させ、休職2ヵ月の懲戒処分にしたことを発表した。メディアは福島中央テレビの関係者処分についても大きく報道した。

  

しかし、記事盗用を訴えたブロガーが、実は極めて悪質なねつ造記事をブログに掲載していたのだ。2006年9月14日、15日に山口氏が掲載したねつ造記事は私が巻き込まれた冤罪事件に関する一般市民のイメージ形成に重大な影響を与えたと考えられる。当時のネット上での状況をウオッチしていた方の証言では、山口氏によるねつ造記事公表を契機に、私が有罪であるとの心証を示すコメントが瞬く間にネット上を、カリフォルニアの山火事のような勢いで広がったそうだ。

  

マスメディアが山口氏のねつ造記事掲載問題を報道しないことはあまりにも不自然だ。とりわけ、毎日新聞産経新聞朝日新聞の各社は事実関係を調査したうえで、報道する責任を負っていると考える。

  

山口氏が掲載したねつ造記事のポイントは、

 

①私が巻き込まれた2004年事件の公判において、山口氏が弁護側証人として証言した事実が存在するか、

  

②事件発生翌日の2006年9月14日に、山口氏が蒲田警察署で私に接見した事実が存在するか、

  

の二点である。「このような事実は存在しない」のが「真実」である。

  

証人として証言台に立ったのかどうかについては、2004年事件の公判記録調書に記録が残されているので、確認可能である。弁護側証人は山口氏でない別の男性1名のみであり、山口氏が証人として出廷した事実は存在しない。2004年事件の弁護人によると、事件発生以来、私の事件に関して山口氏と弁護人が接触したことは一度もないとのことだ。

   

また、2006年9月14日の接見の有無に関連して、『条解 刑事訴訟法〔第3版増補版〕』(2006年、弘文堂)は、刑事訴訟法第80条〔弁護人以外の者との接見交通〕について、「逮捕状により留置中の被疑者については、説が分かれるが、本条を準用する規定がない以上、39条1項に規定する者以外の者と接見しまたは書類もしくは物の授受をする権利を有しないと解する」と記述している。

  

山口氏は事件発生翌日の2006年9月14日午後4時25分34秒に「これから本人に会いに行ってきます」との記述を含む記事を掲載しているが、仮に接見が可能だったとしても接見時間は午後5時までで、午後4時をすぎると警察署が接見を認めないことが多いとのことである。山口氏がどこで記事を掲載したのか不明だが、時間的な視点から見ても接見は不可能だったと考えられる。

  

  

磯野彰彦氏は毎日新聞サイトにブログを保持されるだけでなく、HPを見ると毎日新聞を代表してブログを記述されているようである。磯野氏はこの問題についていくつかのコメントを記述されている。朝日新聞がわずかに触れたことを除いて完全不動を決め込んでいる他社との差はあるが、真相解明に向けての姿勢は不十分である。

  

「新聞倫理綱領」に以下の記載がある。

「新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある論評によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである。」

「人権の尊重 新聞は人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる。」

  

   

山口正洋氏が私に関する事実無根のねつ造記事を掲載したのであれば、極めて重大な人権上の問題であることは間違いない。犯罪に置き換えるのは不適切かも知れないが、人物Aがある犯罪を訴え、その犯罪の事実関係を確認して報道したところ、実はその人物Aが別の犯罪の犯人であると訴えられたとしよう。報道機関はその疑惑について、調査をして報道する責任を負うのではないかと考える。

  

磯野氏は6月25日付で毎日新聞社デジタルメディア局長に昇格することをブログに記述された。磯野氏が「毎日jp.の責任者に就任されるのであれば、なおさらこのような重要事項に対して迅速かつ適正に行動する責任を負うのではないかと考える。

  

私の側も山口正洋氏によるねつ造記事掲載問題についての適正な対応を検討しているが、毎日産経朝日各社に対しては、改めて日本を代表する報道機関としての適正な対応を強く要請する。

  

  

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2008年6月14日 (土)

日本の命運を分ける決戦のとき

6月11日、参議院は憲政史上初めて内閣総理大臣に対する問責決議案を可決した。参議院は日本国憲法第41条が「国権の最高機関」と規定している国会の一翼を担う存在であり、直近の国民の意思は参議院の議員構成に反映されている。この参議院が福田首相に対して「首相として失格である」との意思を決議によって示したのである。

 

1998年10月、額賀福志郎防衛庁長官(当時)に対する問責決議案が現職閣僚に対する問責決議としては戦後初めて参議院で可決された。額賀長官は当初、問責決議に法的拘束力がないことを理由に辞任を拒んだが、野党による審議拒否が長引き約1ヵ月後に辞任した。

福田首相は参議院での問責決議可決を厳粛に受け止めて、内閣総辞職か衆議院の解散総選挙の決断を下すべきだ。それが憲政の常道である。

 

しかし、与党は6月12日、衆議院に内閣信任決議案を提出し、与党多数により信任案を可決した。参議院で首相に対する問責決議を可決した野党の大半は国会での審議を一切拒否しているため、今通常国会は6月21日までの会期を残して、事実上終結した。政権をめぐる与野党の闘いが激しさを増している。

 

日本の政治は2009年9月までに実施される次期衆議院総選挙に向けて、歴史的重大局面を迎えることになる。真の日本の改革を実現するためには、政権交代を必ず成し遂げなければならない。これが日本変革の最後のチャンスになるかも知れないと思う。

 

自民、公明の与党は間違いなく政権維持に向けて総力を注いでくる。その裏側には米国の強い意志も働いている。日本の政治権力は恐るべきパワーを有している。学校教育では「三権分立」の建前を教えるが、現実には権力が独占されている。そして、世論が政治を動かすポピュリズムの時代には、メディアが「第1の権力」の地位を占め、政治権力はメディア・コントロールを際限なく強化する。

 

政権奪取は「維新」と表現すべき事業であり、多大の困難を克服して初めて成し遂げられるものである。

 

福田政権は2005年9月の郵政民営化選挙の結果として獲得した衆議院の与党多数を活用して、参議院での重大な意思決定を安易に否定、無視することを繰り返しているが、「権力の濫用」としか言いようがない。しかし、政権交代を死に物狂いで回避しようとする与党は、憲政の常道を踏み外すことにいささかの躊躇もなく、権力維持に猛進している。

 

権力の暴走に対して警鐘を鳴らす役割を本来は担うマスメディアが、権力に支配され、また、自ら進んで権力の走狗となり、人々に伝達する情報を歪めている。

 

自衛隊のイージス艦「あたご」の大不祥事海難事故は、三浦和義氏の突然の逮捕報道に遮られた。後期高齢者医療制度に対する国民の沸騰する怒りを伝える報道は、四川大地震報道にすり替えられた。防衛省汚職に関連する山田洋行の宮崎元伸元専務に対する証人喚問から得られた重大証言をマスメディアはほとんど報道しなかった。

後期高齢者医療制度、ガソリン税暫定税率、年金記録の重大問題を争点に与野党激突の総力戦が展開された、衆議院山口2区補選、沖縄県議選での与党惨敗の、マスメディア報道での取り扱いは極小だった。憲政史上初めての首相に対する問責決議可決の報道も最小限度にとどめられた。

 

6月13日には、後期高齢者医療制度における年金からの第2回保険料天引きが実行された。全国各地で多くの高齢者が、高気温と高齢をおしての座り込みやデモ行進などの怒りの抗議行動を実行した。しかし、マスメディアはこの事実をほとんど報道しなかった。政府は6月4日に、後期高齢者医療制度により「7割の高齢者の負担が減少」との試算結果を公表したが、数字の根拠が非常に不明確で、ミスリーディングだ。

長野県の県民医連が実施したアンケート調査では、「安くなった」の回答は6.4%にとどまっている。6月9日付記事に記述したように、後期高齢者医療制度は「高齢者いじめ」の制度であり、直ちに廃止すべきである。しかし、マスメディアは制度の問題点を指摘する報道を急激に減らし始めている。

 

6月13日に政府は北朝鮮との拉致問題での交渉で、前進があったことをアピールし、NHKをはじめとするマスメディアはこのニュースを大々的に報道した。後期高齢者医療制度問題はかき消された。

 

しかも、この拉致問題協議の裏側は極めて問題含みである。米国は6カ国協議を進展させ、北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除を急いでいる。拉致問題で進展がないと、6カ国協議を動かせない。よど号事件の関係者の日本送還はテロ支援国家指定解除の必要条件である。拉致問題に具体的な進展がまったく確認されていないのにもかかわらず、福田政権は北朝鮮の万景峰号の入港禁止を解除するなど、経済制裁の一部解除の方針を示した。このことは大問題である。

 

メディアが伝えるニュースを受動的に聴いていると、人々は知らぬ間に与えられた情報に染め抜かれてしまう。ここがメディア・コントロールの最大のねらいであるわけだが、真の改革を目指し、政権交代を実現させようとする人々は、この問題を十分に認識して戦術を構築してゆかねばならない。

 

参議院で過半数を獲得しても、衆議院で過半数を獲得しなければ、新しい政権を樹立することはできない。迂遠な道程をたどらねば政権を奪取することはできないわけだが、この迂遠さを排除することは適切でないと考える。

 

この問題については、稿を改めていずれ再論したいが、議院内閣制が大統領制と比較しても、優れて「権力を創出する」側面が強いことを踏まえると、衆参の二院が存在し、ねじれ現象などの紆余曲折を経たうえで政権交代が実現することは、必ずしもマイナスでないと考えられる。

 

議院内閣制では、原則として議会多数勢力が政権を樹立する。議会と政権は表裏一体をなす。さらに司法権力も内閣総理大臣の人事権を通じて、究極的には政権の支配下に置かれるから、議院内閣制は、権力が集中し、抑制されにくいという特性を内包している。

 

議会が一院制であると、例えば2005年9月の郵政民営化選挙のように、一種の集団ヒステリーに近い現象が発生して、著しく偏った選挙結果がもたらされるリスクが高くなる。衆議院の任期は4年あるが、国民が冷静さを取り戻して参議院選挙に臨めば、衆議院の暴走を止めることが可能になるのだ。「ねじれ現象」は一種の安全弁の役割を果たしている。

 

米国の大統領制は、大統領の行政府の長としての権限が非常に強いことを前提に、議会が大統領の権力行使の抑止力として機能するように設計されている。議院内閣制が「権力を創出する」のに対して、大統領制は「権力を抑制する」機能を強く有しているのだ。

 

日本の制度に関連して、衆議院の選挙制度について補足しておきたい。現在衆議院の議員定数は480人である。小選挙区が300あり、180の議席は比例代表である。選挙制度改革論議のなかに、比例区を廃止するとの主張があるが、賛成できない。現行制度では、300の選挙区に候補者が立ち、その全員が比例区で重複立候補すると、この選挙制度は120の1人区と180の2人区による選挙と解釈することができる。

 

二大政党的な状況が存在しているとすれば、2人区が180存在するため、死票が極めて少なくなる利点がある。自らを第一党と自認する政党は、比例区を廃止して、すべてを小選挙区に転換しようと画策するはずである。

完全小選挙区制度は選挙ごとの結果の振れが激しくなり、多くの死票を生む点で重大な問題がある。現在の選挙制度はこの意味で優れており、2人区が180あると考えれば、比例区復活当選の代議士を第2級代議士と差別する必要もなくなる。

 

日本の政治は2009年秋までに必ず実施される次期総選挙という「決戦の時期」に近付いている。自民、公明の与党が憲政の常道などを踏みにじってでも、政権維持に総力をあげるのも順当と云えば順当である。

民主党を中心とする野党が、参議院で問責決議を可決しても、福田首相がこれを無視するとわかっていれば、それを前提に戦術を構築するのも順当だ。「出す出すと言い続けた問責決議を出さないのはおかしい」という民主党に対する批判は、批判のための批判にすぎない。

 

野党は次期総選挙での政権交代実現に向けて総力を結集しなければならない。民主党内部に存在する反乱分子を早急に摘出するか、治癒することも急務だ。日本の命運は次期総選挙にかかっている。次期総選挙に向けて掲げるべき政策については機会を改めて記述したい。

  

  

(追記)

本ブログ記事を分かりやすいビジュアルな画像でご購読くださる方は、「_~山のあなたの空遠く幸い人の住むという~」をご覧ください。主宰者様いつもありがとうございます。

  

  

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2008年6月13日 (金)

「大阪維新プログラム」への疑問

 「神州の泉」主宰者の高橋博彦様、貴重な見解を公開くださいましてありがとうございました。また「植草一秀氏を応援するブログ」へのメッセージならびに同ブログ主宰者様の対応、誠にありがとうございました。また、「カナダde日本語」の美爾依様、貴重なご意見をありがとうございます。心よりお礼申し上げます。

  

本ブログではさまざまなテーマについて記述していますが、より良い日本社会を実現するために、現実を直視して、現実のなかに潜む巨大な悪の存在をしっかりと認識することが必要だと考えています。

  

私たちは社会的な存在であり、社会と無縁に生きてゆくことはできません。人の社会的関係に影響を与えるのが「情報」であり、「情報」に圧倒的影響力を持つのが「メディア」です。

  

望ましい社会を構築するための具体的提言はもちろん重要ですが、健全な論議を行う土壌となる言論空間のあり方を考えることは、前提条件を整える意味で重要性を持っています。

  

情報がどのように操作されるのか、情報操作がいかなる問題を生み出すのか。政治権力と情報操作の問題は、現代社会を考察する際に、避けることのできない重大な問題であると考えます。

  

本ブログで「メディア・コントロール」の問題を重視している理由はこの点にあります。個別ブログの問題について、私が意見を述べることを煩わしいと感じられる読者も多くおられると思います。しかし、それは単なる衝突、いさかいではなく、もっと根の深い問題であると考えて、私は情報を発信しています。

  

その記事のなかに、諸問題に対する私のメッセージを盛り込んでいます。単なる反論文章としてではなく、諸問題に対する私の考え、メッセージとしてお読みくださるようお願いいたします。

  

なお、6月12日付記事として「「福田首相問責決議可決報道」について」もアップしておりますのでご高覧ください。

 

  

大阪府知事に就任した橋下徹氏の財政再建への取り組みが大きく報道されている。新聞各社は世論調査を実施して、橋下知事の政策運営を支援しているように見受けられる。

  

素朴な日常感覚として、財政赤字の縮小を望ましいと考えるのが通常の判断である。しかし、橋下氏の財政健全化政策の支柱の一つとされる人件費抑制の手法には強い疑問を感じる。

  

財政赤字は言うまでもなく政府支出と政府収入の差額から生じる。財政赤字が大きくなると、予算編成の自由度が低下する。柔軟な財政運営を可能にするために、財政赤字を低水準にとどめることが望ましいと考えられている。とりわけ、地方財政の場合、財政赤字が拡大して、財政再建団体に指定されると、財政運営の自主決定権が失われる。したがって、地方政府は財政再建団体への移行を回避しようと努める。

 

収支を改善するためには、支出を減らすか、収入を増やすかのどちらかが必要になる。経常的に収入を拡大させる主要な方策は増税だが、増税を実現することは容易でなく、結局、一時的方策として資産売却を進める以外では、支出削減が財政収支改善の主たる方法になる。

 

橋本知事が6月5日に発表した「大阪維新プログラム案」では、今年度に財政再建効果1100億円を見込んだ。内訳は、一般施策245億円、建設事業75億円、人件費345億円、歳入確保435億円になっている。歳入確保策のなかには185億円の府債発行も含まれている。

 

財政の無駄は徹底的に削減するべきである。政府の無駄を切る意味での「小さな政府」に反対する府民はいないだろう。問題は、何が無駄で何が無駄ではないかの判断だ。橋本知事案の大きな特徴は、大型開発事業を継続しつつ、人件費を大幅に切り込んでいることだ。

  

府職員の人件費カットに反対する府民は少ないはずだ。行政サービスの質が変わらずに赤字だけが減ると思われるのだから、反対する理由がない。世論調査をすれば「支持する」が圧倒することは明白だ。だが、この手法には強い疑問を感じざるを得ない。

  

人員が余剰であるなら、人員削減を図るべきである。最小の人員で最大の行政サービスが提供されるのは理想的な姿だ。しかし、給与水準の引き下げが人件費削減の中心であるなら、単純に是認することはできない。給与水準は「価格」であって、「価格」は基本的に市場が決定するべきものだからだ。

  

府職員の賃金は労働市場のさまざまな要因によって決定されている。府職員に財政赤字拡大の原因があることが明白なら、懲罰的な賃金削減が正当化されるかも知れないが、大阪府の場合にその立証はなされていない。

  

破産企業の従業員だから、賃金カットは当たり前だとする橋下氏の主張はあまりに乱暴である。府民の支持を受けて知事に就任しているのだから、知事の言うことを聞けない職員は辞めてもらって結構と言うのも、筋が通っていない。府民は橋下氏を行政を司る職位に就けたのであって、橋下氏に独裁者としての地位を付与したのではない。

  

労働者の権利は相応に守られる必要がある。大阪府職員の賃金水準はこれまでの長い経緯のなかで定められてきたものであり、府知事といえども自分の裁量だけで自由に変動できる性格のものではない。労働者の賃金カットを望む財界関係者は、この手法が世論に支持される状況を大歓迎するだろう。しかし、その政策の延長上に「格差問題」の深刻化が広がることを忘れてはならない。

  

中期的に適正な人員を実現することを目指すのは当然で、先に述べた意味での「小さな政府」を目指すことは正しい。また、さまざまな冗費の排除を進めることも正しい。しかし、一般職員の賃金カットが優先されることは順位付けの誤りだと思う。職員の賃金カットより、天下りの禁止、天下り機関への補助金投入廃止を優先するべきである。

  

一般支出削減や施設売却の対象選定にあたっては、政府の役割を根本から見つめなおすことが不可欠である。35人学級廃止や警察官削減を掲げながら、強い反論が生じるとすぐに撤回するなどの行動を見ると、支出削減対象の選定が十分に吟味されたうえで示されたものでなかったことが分かる。

  

府職員の賃金引き下げを振りかざすより、府職員の労働の質を向上させることが急務であるとも思われる。同じ賃金の職員が提供する行政サービスの質が大幅に向上すれば、支払われる賃金のサービス当たり単価は低下するのだ。

  

巨大な投資プロジェクトに関しては見直しが十分に進んでいないとの指摘が多く聞かれる。財政健全化に向けての取り組みは重要であると思うが、その手法が正しい原理原則に則しておらず、安易な人気取りに依存しすぎていると感じられる。

  

府職員の賃金を大幅にカットする財政赤字削減策を一般府民が歓迎するのは当然で、その大衆人気をメディアが煽りたて、橋下知事を意図して支援する姿は極めて不自然だ。次期総選挙では大阪府も与野党激突の主戦場になる。政権与党の思惑が橋下氏報道の裏側にあることは疑いようがない。財政健全化に関する論議が正当に十分展開されることが強く望まれる。

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2008年6月12日 (木)

「貞子ちゃんの連れ連れ日記」へのコメント(2)(追記を含む)

私が掲載した「貞子ちゃんの連れ連れ日記」主宰者の藤井まり子氏に対する反論記事に対して藤井氏が再反論の記事を掲載した。かなり冷静さを失っているように見受けられるので、私の側は藤井氏の感情的なコメントにはあえて反論しない。6月11日付掲載の藤井氏の記事が中傷記事に当たらないとするなら、その判断は私の判断とは異なる。人の価値基準や判断基準には違いが存在するから、判断の相違を論議しても不毛である。

 

藤井氏の夫との関係とトヨタ自動車の奥田碩相談役との関係について、事実と相違する記述があったので、その点だけ事実を指摘させていただく。私としては、面識のある方についての個人的関係については、先方が存在することなので、原則として記述しない方針を保持しているが、藤井氏が事実と異なる記述をされ、一般の読者に誤解を与えると考えられるので、必要最小限度の指摘をさせていただくことにする。

 

藤井氏の夫とは、かつての私の職場で接触させていただいた経緯がある。年次が私よりも2年上の先輩として仕事を通じて知己を得てきた。それほど密接なお付き合いをさせていただいた訳ではないが、優良な関係が今日まで持続してきた。夫の藤井氏には、私が名古屋での教職を担当していた時に一度と、昨年11月に東京で一度、食事に誘っていただいたことがある。それと、藤井氏が勤務されていた会社で私の経営する会社のレポートを購読していただいていた。

 

ご厚意には感謝しているが、これ以上のものではない。トヨタ自動車の奥田氏とは奥田氏が社長の時代からの長い期間、面識をいただいてきた。元々は、私がトヨタ自動車の財務関係の方々と仕事を通じての接触が多く、その幹部の方を通じて奥田氏と面識をいただいた。奥田氏は若い人間の意見を積極的に聞かれたいとの考えを持たれていて、財務関係の要職にある方を通じて、個人的に随分多く接触させていただいてきた。10年来の面識をいただいてきている。

 

奥田氏との関係は私が公開するべきことではないが、藤井氏がブログで誤解を与える記述をしているので、あえて記述させていただくことにした。

 

経済政策についての対論が提示されていないと、藤井氏は繰り返し主張されているが、私は『日本の総決算』(1999年、講談社)、『現代日本経済政策論』(2001年、岩波書店)『ウエクサレポート』(2005年、市井文学)『知られざる真実-勾留地にて-』(2007年、イプシロン出版企画)をはじめ、多くの論考に私の提案を提示し続けてきた。批評などをされるのなら、ぜひとも文献に目を通してからにしていただきたいと思う。

 

ブログ主宰者の藤井氏がどのようなお考えで、あのような記事を掲載されたのかは、本人でないので私には分からない。推察すると記述したのは、考えられる推論についての可能性を示したもので、それ以上の意味はない。

 

私としては、これまでに非常に多くの方から、いわれなき誹謗や中傷を浴びてきているので、そのことにいちいち反論はしないが、藤井氏のブログに痴漢冤罪について理解を示す記事があり、また夫の藤井氏をよく存じ上げているので、気を許していたところ、思わぬ攻撃に遭遇したので、事実関係につき、明らかな間違いについて、適正に指摘をさせていただいたまでである。私の信頼が一方的に崩されたことを大変悲しく感じている。

ブログ執筆の目的から外れるので、この問題にはこれ以上深入りしないこととしたい。

 

 

(追記)この問題にこれ以上深入りはしないが、藤井氏がブログのコメント欄に事実と異なる記述をしているので、その点についてのみ、誤りを指摘しておきたい。

 

ブログ主宰者の藤井氏の夫とは優良な関係を保持して現在に至っているが、夫の所属する会社での業務契約の話や、トヨタ自動車の奥田碩相談役との橋渡しなどの経緯は一切存在しない。奥田氏と個人的に面会したことは多数回あるが、これらの関係に藤井氏が関わったことは一度もないはずである。

 

藤井氏がトヨタ系列の企業に転職されるずっと以前から、奥田氏をはじめとするトヨタ関係者との密接な関係は存在していた。トヨタ自動車の会議でも講演させていただいているし、奥田氏が経団連の日本カナダ経済委員会委員長を務められていた2000年5月の第23回日本カナダ経済会議では、奥田氏の要請により、会議での講演を引き受けさせていただいてもいる

 

藤井氏が記述したような内容で私が夫の藤井氏に書状を差し出した事実は存在しない。事実無根の内容を無責任にブログに掲載することは、厳に慎んでいただきたいと思う。なお、拙著については、昨年11月に会食に招かれた際に私が夫の藤井氏に署名を入れて謹呈したものである。(6月12日23時30分執筆)

  

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「貞子ちゃんの連れ連れ日記」藤井まり子氏への反論

国民の判断に重大な影響を与えるマスメディアの情報が、政治権力によってコントロールされることの危険を、私たちは十分に認識しなければならない。真理を追求する者にとって最後の拠りどころがネットでの情報発信であるが、インターネットの世界にも情報操作、言論弾圧の魔手が忍び寄ってきていることを私たちは認識しなければならない。

 

6月5日付記事「支援くださっているみなさま」に記述した「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、突然、見当違いの私に対する中傷記事を掲載したので、コメントを簡略に記述する。

 

ブログのプロフィール欄を読んで一瞬にして謎は解けた。プロフィールによると、ブログ執筆者は藤井まり子氏で、2008年5月から金融経済専門誌であるフィナンシャルジャパンの請負ライターになったとのことだ。藤井氏によると「フィナンシャルジャパンは日本一の経済金融専門誌です。この5月から、第一志望の金融誌で働けるようになって、まさに天にも昇る気分です!」なのだそうだ。

 

フィナンシャルジャパンは、私が拙著『知られざる真実-勾留地にて-』に詳しく記述している元日銀職員の木村剛氏が発行する雑誌である。フィナンシャルジャパンが日本一の経済金融専門誌であるとの声を私は寡聞にして聞いたことがない。フィナンシャルジャパンは、創刊号の表紙に木村氏と竹中平蔵氏、福井俊彦氏3名の写真が掲載されたことで、国会でも大きな問題として取り扱われた、いわくつきの雑誌である。

藤井氏はせっかく得た仕事を失わないように、急きょ私を攻撃する記事を掲載されたのか、元々、私をおびき寄せるために痴漢冤罪の記事を執筆されたのではないかと推察する。確かめようがないからそのことには深入りしない。

 

これだけ記述すれば、補足する必要はないが、木村剛氏をご存じない方が多いと思うので若干補足する。2003年のりそな銀行処理に際して、2003年5月14日まで、りそな銀行の破たん処理を強硬に主張していたのが木村剛氏である。ところが、5月17日のりそな処理には預金保険法102条第1項第1号措置が適用され、りそな銀行は税金により救済された。

第3号措置を強硬に主張していた木村氏は政府決定に対する最大の攻撃者にならなければおかしかった。しかし、木村氏は手の平を返し、政府決定を全面的に擁護した。私はテレビ番組で何度も木村氏と全面対決した。竹中金融相(当時)の裏側で活動していたのが木村氏だった。

 

詳細については、拙著『知られざる真実-勾留地にて-』第1章「偽装」第7節「摘発される人・されない人」、第8節「りそな銀実質国有化」(39-45ページ)、第15節「標的にされたりそな銀」、第16節「1・3・5の秘密」、第17節「小泉・竹中経済政策の破綻」、第18節「巨大国家犯罪疑惑」、第19節「「りそな銀」処理の闇」、第20節「求められる事実検証」(70-89ページ)に記述しているので、藤井氏の批判が妥当であるか否かをぜひ読者ご自身の目で確かめていただきたいと思う。藤井氏は拙著を多くの読者に読ませたくないと考えられたのだと思うが、このような記事を掲載していただいたお陰で、2003年のりそな銀行処理についての記述をより多くの方に読んでいただくことにつながれば幸いである。

 

ブログ世界も清濁併せ持つ世界であることを改めて痛感させられた。「貞子ちゃんの連れ連れ日記」は人気のあるブログかも知れないが、「素晴らしい」と表現した記述は撤回させていただく。このような方がアルファブロガーに名を連ねるのは、本当の優良ブロガーの方には迷惑なことだと思う。

 

藤井氏の書評に細かな反論はしないが、拙著の評価はそれぞれの読者がされるもので、私は評価の対象者でしかない。アマゾンには読者のレビューが多数掲載されているので、まだお読みいただいていない方には、そのレビューを参照いただきたい。アマゾン・レビューのなかにも、明確な悪意で書かれている書評も存在するので、藤井氏のような書評が発生しても、特定の目的があって書かれたのだと理解するから私が驚くことはない。

 

記事における私への中傷に細かく反論しないが、看過できない指摘が3点あるので、指摘が間違っていることを簡単に示しておく。

 

 

第1は「インフレターゲット理論を駆使できない」など、私のこれまでの著作に目を通すことさえしていない指摘についてである。

私は1986年以降、短期金融市場の金融調節についての論考を数多く提示してきている。1987年に「金融調節のメカニズム-科学的考察-」(植田和男東大教授との共同論文、『現代経済学研究』東京大学出版会所収)、1988年に「最近の金融政策-その影響と評価-」(植田和男氏との共同論文、『パースペクティブ日本経済』筑摩書房所収)を発表し、2001年9月に上梓した『現代日本経済政策論』(岩波書店、第23回石橋湛山賞受賞)にも第4章「金融政策の論点」(117-147ページ)にインフレターゲット理論を含めて詳述している。藤井氏がこれらの文献に当たることもなく、中傷記事を記述したことは明らかである。

 

第2は、金融問題処理に関する私の主張についての、藤井氏の記述が事実にまったく反していることだ。

藤井氏も認めているように、公的資金投入を含む不良債権問題の抜本処理の重要性を私は、日本で最も早い1900年代初頭から訴え続けてきた。そして、その主張はその後も完全に終始一貫している。

 

前掲の『現代日本経済政策論』では、第10章「金融問題への対応」(237-272ページ)に不良債権問題への対応策を詳述している。

詳細は原典にあたっていただきたいが、骨子として、経済の回復を誘導しつつ、責任の明確化と厳正な責任処理を前提とした不良債権の早期処理を主張している。

 

私が2001年から2003年にかけての小泉政権の問題解決手法に強く反対したのは、経済悪化を誘導する下での不良債権処理は不可能であるとの洞察に基づいていた。結局、この洞察は正しかったことが証明された。政府は自己責任原則を破棄する「りそな銀行救済」でしか、事態を打開できなかったのだ。

 

前掲拙著には、筆者が発表してきた著作のなかから40本以上の論文等を参考文献として巻末に掲示した。関心のある方は参考文献を参照いただきたい。藤井氏がこれらの文献にまったく目を通していないことは明らかである。

 

第3は、私が弱者保護を最近になって主張し始めたとの虚偽の情報が記述されているので、反論しておく。また、私は藤井氏が指摘するような市場メカニズム否定論者でもない。私は世界の大競争が激化する延長上に、所得格差が重大な問題になることを最も早くに指摘し、市場メカニズムの重要性を指摘しつつ「市場の失敗」の問題にも焦点を当ててきた。

1999年に上梓した『日本の総決算』(講談社)には、Ⅳ.勝者と敗者、第6節「リエンジニアリングの光と影」(168-175ページ)に先進国経済が労働費用の削減に進む結果、所得格差の急激な拡大という深刻な影を生み出すことを指摘している。

 

「弱者」については同書のⅥ平成ニューディール、第2章「没落からの再生」第4節「政治の地殻変動」(278-287ページ)にマーケットメカニズムの重要性を記述し、その末尾に弱者について記述した。以下引用する。

 

「われわれは弱者と敗者を分けなければならない。自由主義経済においては当然のことながら、勝者と敗者が生まれる。結果における不平等も生まれる。この結果における不平等をある程度容認することで経済の活力が生まれていく面もある。結果における著しい不平等は是正する必要があるが、ある程度の結果における不平等はそれを容認することが競争へのよいインセンティブとなることも忘れてならない。

 

これと明確に区別しなければならないのが弱者保護である。ハンディキャップを負っている人に社会はやさしくなければならない。社会の強さをはかる尺度のひとつは、真の意味で社会が弱者にいかにやさしいかに置かれる。

日本の社会経済システムは、真の弱者に必ずしもやさしい構造とはなっていない。真の弱者は例外なくマイノリティーである。政治的パワーも経済的パワーも備えていない。

 

政治家がこうした人々の味方になっても見返りは大きくない。そのために、政治家が弱者保護に無関心となり、社会全体として弱者に対する施策が不十分となるのなら。その社会はきわめて冷酷な社会と言わざるを得ない。

 

政治的パワーも経済的パワーもない弱い人々に社会全体がしっかり手を差し伸べる社会こそ強い社会である。誰もがいつ弱者に転じるか知れないことを忘れてならない。」(287ページ)

 

また、2003年6月に社会民主党党首の福島瑞穂議員が出版された『福島瑞穂のいま会いたい いま話をしたい』(明石書店)の対談17(215-226ページ)に私が登場している。このなかで福島氏は、私がなぜ「弱者」や「痛み」の問題を重視しているかについて質問された。そのなかで私は次のように答えている。

「世の中をよくするというのは、ある程度豊かな人がそれほど豊かでない人のことを考えて初めて調和が取れると思うんですね。と言うことは、ある程度豊かな人がむしろ自分の利益追求を少し抑えて全体に利益をまわすようにしないと、よくないかなという発想があるんですよね。

 

私は努力を否定するわけではないですが、確かに頑張った人が報われる社会というのも世の中の仕組みとして大事ですが、現実にはむしろ頑張った、頑張らないということよりも、生まれながらに神から与えられたというような、恵まれている、恵まれていないということの方が、格差は大きいんですよね。

 

頑張った、頑張らないもそれは重要だからモラルハザードは起こさないようにしなければいけないんですけど、恵まれている人が、恵まれていることを頑張ったに置きかえちゃうと非常に危険だと思うんですね。

 

たまたま自分はいろんな意味で運がよかったからいい思いをしてるのを、自分が頑張ったからだと勘違いすると、非常に冷たい社会になると思うんですよね。」(224ページ)

 

「神州の泉」主宰者の高橋博彦氏が最近発表された「『後期高齢者医療制度』に怒る」にも、高橋氏の私の思想、哲学に対する深い理解が示されている。同氏の主張には共鳴するところが多く、ぜひ多くの人に熟読していただきたく思う。

 

私の弱者重視の主張が最近始まったのでないことを、多くの識者は十分に知ってくれている。ブログの世界にもさまざまな弾圧勢力がいることを改めて認識したが、真実は最後には必ず勝利するものと私は信じる。今後も多くの心ある人々と力を合わせてゆきたいと思う。

 

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「福田首相問責決議可決」報道について

参議院は6月11日午後、本会議を開き福田首相に対する問責決議案を民主、共産、社民、国民新党の野党4党の賛成多数により可決した。首相に対する問責決議が可決されたのは憲政史上初めてである。問責決議に日本国憲法上の法的拘束力はないが、日本国憲法第41条が「国権の最高機関」と規定している国会の一翼を担う参議院が、「首相として失格である」との意思を決議によって示した意味は重大である。

 

首相に対する問責決議ではないが、1998年10月に額賀福志郎防衛庁長官(当時)に対する問責決議案が参議院で野党の賛成多数により戦後初めて可決された。額賀長官は当初、問責決議に法的拘束力がないことを理由に辞任を拒んだが、野党による審議拒否が長引き、約1ヵ月後に辞任した。

参議院の議員構成は直近の国政選挙である昨年7月29日の参議院選挙の結果を反映している。その参議院が、「福田首相が首相として失格である」との意思を示したのであり、重大に受け止められなければならない。福田首相は総辞職ないし解散・総選挙の決定を下すべきだ。それが憲政の常道である。

 

NHK「ニュースウオッチ9」は、冒頭にニュースのメニューを紹介することもなく、このニュースを午後9時20分から放送した。九州地方での大雨に対する警戒を呼び掛ける放送の後だった。国権の最高機関である国会が首相に対する問責決議を史上初めて可決したニュースの扱いとしては、あまりにも不当な扱いである。

 

NHK問題について私は拙著『知られざる真実-勾留地にて-』(イプシロン出版企画)の第二章第16節「消えた放送委員会」、第17節「政治権力に支配されるNHK」、第18節「テレビ・メディアの偏向」に詳述した。その内容は武田徹氏の著書『NHK問題』(ちくま新書)に多くを依拠している。

1941年12月8日、最初の大本営発表を報じたのが「(放送の)国家的使命の重要性に鑑み」、「公共的国家使命の達成に努めしめる必要よりして、之を政府の厳重な監督の下に運営せしめ」(1943年度版『ラジオ年鑑』)られていた日本放送協会の臨時ニュースだった。

第2次大戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指揮により、放送民主化のため、国民の各層を代表する民間人からなる「放送委員会」がつくられた。委員は政府が提示した推薦者リストをGHQが拒否し、GHQ主導で決められた。委員はリベラル志向の人物を中心に選出され、放送委員会は日本放送協会の戦後初代会長として、経済学者の高野岩三郎氏を選出した。

放送委員会は1947年10月1日に「放送委員会法案要綱」を策定した。要綱は放送委員会を政府から独立した特殊法人として改めて設立する提案を示した。委員は全国の放送聴取者から選挙で選ばれた男女30ないし35名とし、国会議員、地方議員、政党役員、政府関係業者、放送局の役員は委員になれないこととされた。

この放送委員会がこの要綱に沿って独立機関として設置されていたなら、NHKの歴史はまったく異なるものになっていたはずだ。ところが、情勢が急変した。米ソ冷戦が始まったのだ。米国のトルーマン大統領は1947年3月にソ連封じ込めを宣言する「トルーマン・ドクトリン」を発表し、GHQは日本の放送に関する方針を大転換した。

1949年12月には放送に関する法制化が「電波三法」として第7回国会で実現した。放送委員会は1949年10月に、政府が策定していた放送法案について「戦時中に見た官僚的文化統制の危険が随所に見出される」などの厳しい批判を盛り込んだ「放送法案に関する意見書」を発表したが、放送委員会は生みの親であるGHQの後ろ盾を失って、なし崩し的に消滅してしまった。

 

1952年5月、吉田茂内閣は電波監理委員会を廃止する法律を成立させた。電波の許認可は郵政省に回収され、政治からの独立という「放送の公共性を維持できなくなる構図が決定づけられた。

GHQが放送についての方針を大転換した最大のねらいは日本の左傾化を防ぐことにあったと考えられる。その代償として政治から独立したNHKの実現が消えてしまったのである。

 

 

日本の憲政史上の重大事実である首相に対する問責決議可決が、このようにマスメディアに軽く扱われる不自然さに私たちは敏感にならなければならない。情報は操作されて人々に伝えられるのだ。氾濫する無数の操作された情報のなかから、真実を洞察することは至難の業だが、その困難を克服しなければならない。

政治権力は政権交代の実現を回避するために、あらゆる手段を講じてくると考えられる。情報操作はもっとも強力な手段である。心ある人々が全力をあげて真実を伝えてゆかなければ、日本の明るい未来は拓かれない。私の言論活動にも当然のことながら、執拗な攻撃が繰り返されることになると思うが、ひるまずに真実を伝える情報を発信してゆきたいと思う。

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2008年6月10日 (火)

「第1の権力」マスメディアを支配する政治権力

6月3日記事「「敵を欺くにはまず味方を欺く」手法に警戒すべし」に記述したフジテレビ月曜9時ドラマ「CHANGE」第5回放送が昨日6月9日にあった。木村拓哉扮する朝倉啓太総理大臣のイメージを小泉純一郎元総理大臣に重ね合わせようとの思惑が番組編成の裏側にあるとの指摘がある。まぐまぐメルマガ大賞政治部門1位の「国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」」が早くからこの番組について警鐘を鳴らしていた

 

第5回放送では、日本の農産物輸入をめぐって来日した米国通商代表と日本政府が対立するストーリーが展開された。

ストーリーそのものは単純で、①政策の内容に関してはまったく素人と見なされていた首相が、実は非常に勉強熱心で、政策の鍵を握る部分について、問題を完璧に把握していたことが浮かび上がる。②米国に対してモノを言えない空気が日本政府を支配するなかで、朝倉啓太首相が米国通商代表との直接交渉で、日本の国益を擁護して一歩も引き下がらない姿勢を見事に貫く。③英語は分からないが、知ったかぶりをせずに通訳にすべてを細かく通訳させる。④秘書官の美山理香(深津絵里)に「首相の言葉には人々の心を動かす力がある」と語らせる。⑤竜巻発生のニュースを聞くや否や、自衛隊機を用いて現地に向かと同時に、すべての被災者に懐中電灯と携帯ラジオを支給するよう陣頭指揮をとる。

 

このような朝倉首相の姿が描かれた。ドラマが飯島勲元秘書官の著書『代議士秘書-永田町、笑っちゃうけどホントの話』(講談社文庫)をベースに制作され、木村拓哉扮する朝倉啓太首相のイメージを小泉元首相に重ね合わせようと演出されているとするなら、ホントに笑っちゃう作りになっていた。

むしろ、ドラマが反小泉政権主義者のパロディーかブラックユーモアのセンスによって制作されたものではないかと思わせる内容だった。

 

上記の①から⑤のキャラクターは、どう考えても小泉元首相の現実と対照的に設定されたものとしか考えられない。④の点については、人によっては小泉元首相の言葉が人々を誘導する力があると思うのかも知れないが、政治経済学者西部邁氏の表現を借りれば、小泉元首相は「デマゴーグ=民衆扇動家」としての力を有しているだけにすぎないのではないか。

拙著『知られざる真実-勾留地にて-』(イプシロン出版企画)に詳述したが、西部氏は「ギリシャ・ローマの時代からデモクラシー=民主主義政治にはデマゴギーが付きまとうというのは常識だった。民衆が前面に出て暴れまくる時代というのは、大いなる可能性でデマゴーグが出る。民衆扇動家という意味だが、扇動するためには嘘をつくことが多いから、デマ=嘘ってことになった」と指摘している。たしかに小泉首相はデマゴーグとしての才能を有しているとは言えそうだ。

 

しかし、勉強熱心で政策の細部まで十分に把握していたか、という点に関しては、一部の御用学者のお追従以外にそのような評価を聞いたことがない。元財務省官僚の高橋洋一氏も著書『さらば財務省』のなかで、小泉元首相が詳細な説明資料を一切受け付けなかったことを暴露している。高橋氏は同書に、「小泉総理に渡す書類はA4一枚までというのは有名な話だ。詳細をしたためた数枚にわたる書類を持っていっても、読んではもらえない。要点だけを、それもかなり大きな字で書いたペーパーを持参する慣わしになっていた」(142ページ)と記述している。

 

英語が分からないことを率直に述べて、体裁を取り繕わないとの設定は小泉元首相の姿とは異なっている。小泉首相は英語が得意なのかも知れないが、小泉首相が英語を用いたパフォーマンスを好んでいた様子はいくつも記憶に残っている。国際会議で日本の政治家が英語でスピーチすることは悪いことではないから問題ではないが、ドラマの設定は現実と異なっている。

 

重要なポイントは②と⑤だ。拙著『知られざる真実-勾留地にて-』にも記したが、2004年10月23日の新潟県中越地震が発生した時、小泉首相は六本木ヒルズで第17回東京国際映画祭のオープニング・セレモニーに出席していた。地震は午後5時56分に発生し、六本木の映画祭会場でも体感された。

地震発生直後に「新潟で震度6強」の第1報が小泉首相に伝えられた。しかし、小泉首相は6時半に近くの映画上映会場に移動して、午後7時8分まで会場にとどまった。「CHANGE」が本当に朝倉啓太首相のイメージを小泉元首相に重ね合わせようとしているのだとしても、あまりに無理があって嫌みをこめた演出にしか見えない。

 

②の日本の国益を最優先して米国の要求を毅然とはねつけるくだりになると、驚きを感じないわけにはいかない。実はドラマが小泉元首相とは無縁であるかも知れないし、強烈な風刺をこめたドラマであるのかも知れないが、現実の小泉政権が日本の国益を著しく損なったことは否定しようがない。

小泉政権は2001年から2003年にかけて、日本経済を倒産、失業、自殺の阿鼻叫喚の焼け野原に誘導してしまった。それも、意図と裏腹に誘導したのでなく、痛みを生み出すとの明確な意志の下に経済崩壊を誘導した。日本の資産価格は暴落し、結局、外国資本が暴落価格で日本の優良資産の所有権を奪い去っていった。この巨大なディールが小泉政権と外国資本によって仕組まれたとの疑いが濃厚に存在するのだ。詳しくは拙著ならびに5月31日付記事2003年株価暴落の深層(1)-危機対応の日米較差」を参照いただきたいが、小泉政権の最大の罪はこの点に存在する。

 

視聴者が「CHANGE」を風刺番組と捉えられればよいが、深く考えずに単なる娯楽番組と捉えてしまうと問題は大きい。ドラマを政治的に利用しようとする勢力が存在するなら、この点がねらい目になる。一種のサブリミナル効果と言ってもよいだろうか。気付かない間にイメージが刷り込まれて、視聴者はドラマの虚像を現実と取り違えてしまう。

 

ガソリン税暫定税率、後期高齢者医療制度、年金記録など、国論を二分する重大問題が争点として掲げられ、与野党による総力戦が展開された衆院山口2区補選、沖縄県議会選での与党惨敗のニュースはテレビ番組で極めて少時間しか放送されなかった。

自衛隊のイージス艦「あたご」が航海規則に違反して民間漁船に衝突して尊い人命を犠牲にした事件報道は、サイパンでの突然の三浦和義氏逮捕のニュースにかき消された。

後期高齢者医療制度に対する国民の怒りの声が沸点に達しようとした時に、中国で四川大地震が発生すると、テレビ番組は大半の時間を地震報道に振り向けてしまった。ニュースの大きさはメディアの報道規模によって決定される。私が巻き込まれた冤罪事件はメディア報道によって大事件に仕立て上げられた。

 

7月7-9日に北海道で洞爺湖サミットが開催される。福田政権は環境問題での政権浮揚を目論んでいる。5月下旬からマスメディアは、雨後のたけのこのように環境問題を特集し始めた。シロクマの生存が脅かされることを喜ぶ人はいない。しかし、環境問題の捉え方は元来、幅の広いものである。いたずらに視聴者の情緒に働きかけて、論議を誘導しようとする報道姿勢には疑問を感じざるを得ない。

 

マディアは「第4の権力」と言われるが、世論動向が政治的意思決定の最重要ファクターとして取り扱われる昨今の状況を考えると、「第1の権力」と呼ぶ方が正しいかもしれない。政治権力はマスメディアを支配し、情報操作により世論を誘導しようとしている。情報操作の魔手はインターネットの世界にまで忍び寄ってきている。本当の意味の変革=CHANGEを実現しようとする者は、政治権力によるメディア・コントロールの実態を十分に認識したうえで戦略を構築しなければならない。

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2008年6月 9日 (月)

沖縄県議選与党惨敗と後期高齢者医療制度

 「自由自在」様「中米のそば放浪」様「自公政権打倒のために集まろう」様「階級格差社会をなくそう」様、ブログでのご紹介ありがとうございました。また、これまでのご紹介のなかに、私の単純なケアレスミスで、ブログ名の表記に一部誤りがありましたことをお詫び申し上げます。

  

 多くの心あるみなさまの真理を追求する姿勢から大きなエネルギーをいただいております。これからもよろしくお願いたします。

  

  

 6月8日、沖縄で県議会選挙が実施され、即日開票された。与党である自民、公明両党などが過半数を割り込み、県議会の与野党が逆転した。県議会の定数は48で、中立を含む野党が26議席を獲得し、与党の22議席を大きく上回った。

  

  

 後期高齢者医療制度の見直しや米軍普天間基地の移設問題などが争点に浮上し、与野党とも幹部が現地入りする、県議会選挙としては異例の与野党激突の総力戦が展開された。

  

 自民党の古賀誠選挙対策委員長は、「国政上非常に重要な地域だ。できる限り支援しなければならない」と述べ、自民党として全力を挙げて選挙応援する方針を示した。一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は記者会見で「国民の声を代弁する大きな選挙で国政の将来を占うことができる」と指摘していた。

  

  

 4月27日の山口2区衆院補欠選挙に引き続いて、与野党激突の総力戦で与党が敗北し、野党が勝利を収めた意味をしっかりと受け止める必要がある。また、直近の全国規模の国政選挙であった昨年7月29日の第21回参議院議員通常選挙でも、自民党は大敗して民主党が第1党に躍進し、野党が参議院の過半数を制することになった。

  

 福田政権は2005年9月の郵政民営化選挙で小泉政権が獲得した衆議院での与党多数を活用して、参議院での意思決定を日本国憲法第59条の3分の2条項を濫用して相次いで否定、無視しているが、有権者の意思を無視した暴挙と言わざるを得ない。

  

  

 民主、共産、社民、国民新党の野党4党は後期高齢者医療制度廃止法案を参議院に提出し、参議院はこの法律案を可決した。自民、公明の与党は衆議院でこの法案を否決する方針を示しているが、そのなかで今回の沖縄県議選が実施された。

  

 福田政権は沖縄県議選直前の6月4日に、後期高齢者医療制度で7割の高齢者の保険料負担が減少したとする調査結果を発表し、また、テレビ映像に沖縄の夏季軽装である「かりゆしウェア」を着用した閣僚の姿を繰り返し登場させて沖縄県議選に臨んだが、与党惨敗の結果に終わった。

  

  

 参議院が可決した後期高齢者医療制度廃止法案を衆議院が否決した場合、野党は参議院で福田首相に対する問責決議案を可決する見通しである。問責決議に法的な拘束力はないが、「国権の最高機関」(日本国憲法第41条)である国会の一翼を担う参議院が、「首相として失格である」との意思を決議によって示す意味は重大である。

  

 1998年10月には当時の額賀福志郎防衛庁長官に対する問責決議案が野党の賛成多数で戦後初めて可決された。額賀長官は当初、問責決議に法的拘束力がないことを理由に辞任を拒んだが、野党による審議拒否が長引き、約1ヵ月後に額賀長官は辞任した。

  

 福田首相に対する問責決議が可決された場合、福田首相は直ちに総辞職ないし解散総選挙の決定を下すべきである。それが憲政の常道である。

  

  

 後期高齢者医療制度は、小泉政権の「弱者切り捨て・弱肉強食礼賛・市場原理主義」政策の一環として制定された制度である。法律制定時にも野党は強く反対したが、与党が強行採決によって成立させた経緯がある。

  

  

 後期高齢者医療制度の問題点を改めて整理しておきたい。

  

 第1の問題は、新制度を生み出した原点に「敬老・高齢者尊重の精神」が欠落していることだ。新制度のねらいを端的に示しているのが、厚生労働省国民健康保険課課長補佐(本年1月当時)土佐和男氏の次の言葉だ。

  

 土佐氏は本年1月に石川県後期高齢者医療広域連合が主催した「後期高齢者医療フォーラム」で講演し、そのなかで「医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくことにした」と新制度のねらいを説明した。

  

 政府は新制度について、①複数の病気にかかり、治療が長期化する、②認知症が多い、③いずれ避けることのできない死を迎える、という「後期高齢者の心身の特性」をあげたうえで、それに「ふさわしい医療」を実現することを目的としていると説明している。

  

 日本が急速に高齢化社会に移行してゆくなかで、最も大切なことは、高齢者がいかに生きがいをもって日々を充実させて暮らしてゆけるかである。戦後の復興、経済発展期を支えてきてくれた高齢の方に対する敬意と愛情が、制度構築の根幹に置かれなければならないはずだ。

  

  

 第2の問題点は、今後の医療費増大の流れのなかで、高齢者の負担だけが突出して高くなる構造が新制度に組み込まれていることだ。保険が保険として機能するためには、リスクが分散されていなければならない。罹患率の高い人々と、罹患率の低い人々が同じ制度に組み込まれていなければ保険は機能しない。

  

 ところが、「後期高齢者医療制度」は高齢者のみによる医療制度であり、当初から制度の存続が困難であることが明白なのだ。政府は制度を維持するための高齢者の負担を1割に定めたと説明するが、その1割負担の絶対金額が若い人々と比較しても突出して激増することは間違いない。

  

 厚生労働省は、2015年時点での高齢者の保険料増加率が非高齢者の保険料増加率の約2倍に達するとの試算結果まで発表している。高齢者は制度を維持するための拠出金以外に医療窓口での負担を負う。どうしても病気にかかりがちの高齢者の負担は生活を困難にするほどに激増するだろう。

  

  

 第3の問題は、政府が真実を語らず、その場しのぎの取り繕いで制度持続を押し通そうとしていることだ。制度に対する国民の否定的な意思は、各種世論調査だけでなく、直近の国政選挙や今回の沖縄県議選の結果に如実に表れている。さらに参議院は後期高齢者医療制度廃止法案を賛成多数で可決したのである。

  

 「新制度で7割の高齢者の負担が減少」などの、誤解を招きやすい現実とかい離した説明を流布して、間違った制度定着をごり押しすることを国民は許してならないと思う。

  

  

 高齢化社会に急速に移行するなかで、すべての国民が安心して、そして幸福を感じながら生きてゆける社会を構築するために、医療、年金、介護を中心とする社会保障制度を再構築することは不可欠である。国民負担のあり方も再検討しなければならない。

  

 しかし、このことは高齢者の尊厳を踏みにじり、高齢者いじめを制度的に確立してしまう「後期高齢者医療制度」の存続を肯定する理由にはならない。国民多数の怒りと不信の声を謙虚に受け止めて、政府は後期高齢者医療制度の廃止を決断するべきだ。

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2008年6月 8日 (日)

「アサヒ芸能」名誉毀損訴訟での勝訴確定

「神州の泉」様、「カナダde日本語」様、「晴天とら日和」、「雑談日記(徒然なるままに、。)」様、「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」様、早速のご紹介ならびに温かなメッセージをありがとうございます。心より感謝申し上げます。微力ではありますが、努力してまいる覚悟です。みなさまの純粋な心が世界を動かす原動力になると思います。さらなる有益な情報発信をお願いいたします。

 

「城内 実オフィシャルサイト」様、kobaちゃんの徒然なるままに」、「新三ログ」様、「ふじふじのフィルター」様、「へびのように賢く、はとのように素直であれ」様、飄(つむじ風)」様、リンクならびに記事のご紹介ありがとうございます。また、少し前になりますが、「牧村しのぶのブログ」様、lafreccia様、貴重なメッセージをありがとうございます。

 

また、公判に際しては、「植草一秀氏を応援するブログ」様を中心に「mojoコメント備忘録」様、「植草一秀氏の事件」様が詳細で有用な情報を膨大に提供下さいました。記して厚くお礼申し上げます。

 

情報検索能力ならびに情報整理能力が十分でなく、貴重でありがたいメッセージを非常に多くの皆様に送っていただいておりますが、適切にお礼を申し上げることができておりません。大変申し訳なく思っています。本ブログでご紹介できていない皆様がたくさんおられますので、この場をお借りして心からお礼申し上げます。また、機会を見てご紹介させていただきたく思います。

  

出典を明らかにしていただければ、本ブログからの転載、引用はフリーです。引用、転載、リンクをよろしくお願いします。

 

 

5月21日に東京地方裁判所民事第34部が下した「徳間書店に対する名誉毀損損害賠償請求訴訟の判決」に対して、徳間書店は控訴期限の6月4日までに控訴の申し立てをしなかったことにより、上記判決は確定した。

 

この訴訟は被告である株式会社徳間書店が、同社が発行する週刊誌「アサヒ芸能」に2004年から2006年にかけての期間に3回にわたり、事実無根の虚偽の内容の記事を公表したことについて、徳間書店がこの不法行為により私の名誉を著しく傷つけたことに対して損害賠償を求めて提訴したものである。その訴訟に対する判決が5月21日に下された。このことはすでに5月22日付記事で記述した通りである。

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判決は私が問題とした「アサヒ芸能」の問題記述部分のすべてについて、原告の名誉を毀損し、かつ、虚偽の事実を摘示するものであるとした。

 

具体的に問題としたのは、「アサヒ芸能」2004年4月29日号、2006年10月12日号および2006年12月21日号における、「現役女子高生が怒りの被害激白!「植草教授にのぞかれて1万円で示談にされた」」、「野村総研時代に「ワイセツ余罪」モミ消した!」などの見出しの下で記述された事実無根の内容の記事である。

  

   

判決が私の主張を全面的に認めたことは評価できるが、多くのメディアが事実無根の虚偽の情報を流布して大規模な印象操作が繰り広げられたことによるダメージは計り知れない。

 

松本サリン事件で悪質な報道被害に遭遇した河野善行氏は著書『「疑惑」は晴れようとも』(文春文庫)のなかで次のように指摘している。

 

「この国のマスコミは冷静さに欠けているような気がする。(中略)あえて、極論を云えば、それが嘘でも本当でもかまわない、自らに責任が及ばない限り虚実を織り交ぜてひたすらおもしろければそれでいい、そういう価値観がマスコミ業界の根底にあるのではないかとすら思えてくる。」(241ページ)

 

 

私の事件の場合、マスメディアが一斉に真偽の定かでない警察情報を土石流のように氾濫させた。現在係争中の訴訟、および和解あるいは判決で私の主張が認められた事案では、すべて、警察情報が情報源であったと被告は陳述している。被告らが警察情報を実際に入手したのかどうかは確認できていないが、その情報そのものが虚偽であったことははっきりした。

 

 

大規模な情報操作、イメージ操作が行われたこととの関連では、2006年9月14日、15日にエース証券コーポレートファイナンス部長(現職)の山口正洋氏が、同氏のブログに事実無根のねつ造記事を掲載して、私が有罪であるとの印象操作を行ったことの意味は極めて重大である。9月13日夜の事件に対して、山口氏のねつ造記事掲載はあまりにも迅速で巧妙である印象が強い。

 

テレビ番組では宮崎哲哉氏、大谷昭宏氏、橋下徹氏などのコメンテーターが激しい人権侵害のコメントを容赦なく発した。放送作家のテリー伊藤氏が執拗に私に対する攻撃を展開し続けたことも特筆に値する。大がかりな情報操作の真相、深層が明らかにされなければならない。

 

 

私は当初から自分の知るすべてをありのままに供述し続けた。しかし、警察は私の供述を歪曲し、またねつ造してマスメディアに提供し、マスメディアはその情報を警察の広報機関であるかのごとく、真偽を確認しないままに報道し続けた。

 

さらに、特筆しなければならないことは、私の側の重大な事実提供に対して、マスメディアが示し合わせたように完全無視を貫いたことである。地裁公判においては、私の無実を完全に証明する証人が法廷で決定的証言をした。証言が十分に信用できるものであったことは、実際に証言を聞いた人が明らかにしてくれている。ところが、メディアはこの決定的な証人証言をほとんど報道しなかった。一部報道した機関は、その内容を歪曲し、決定的証言であるとの印象を強引に否定しようとするものだった。

 

 

河野義行氏は前掲の著書のなかで以下のようにも記述している。

 

「私の場合は、ほとんどのマスコミが警察情報に乗って私を犯人扱いしたわけだが、こうした警察情報は正式に発表されたものではなく全てリークという形でなされたものだ。警察の幹部や捜査員が、内々に捜査情報を特定のマスコミに流すというやり方だった。

  

 警察にとっては正式発表ではないから責任をとらずに済む。一方のマスコミは自社だけのスクープにつながるという理由から、リーク情報を競って取り合うことになる。それが事実なのかどうかという主体的な検証もなく、「警察はこう見ている」というだけで記事にしてしまう。それが間違っていたとしても、警察が判断していたことだから自分たちに責任はないと逃げてしまう。

  

 原点に立ち戻って考えると、警察が捜査情報で公表できないものがあるのは当然だが、リークするなら責任をもって公表すべきだろうし、マスコミも公表させる努力をすべきだろう。しかしマスコミはそうした努力を放棄しているように思える。

  

 厳密に考えれば、警察官の個々が職務の中で得た情報を漏らすのは公務法違反にもなりかねない。しかも国民の税金で成り立っている公僕が、相手を選別し情報を操作して流している。どうしてマスコミはこうしたことを異常と思い、問題にしないのだろうか。

  

 結局、警察、マスコミの双方が損得計算をし、利害が一致しているからこうしたもたれ合い、馴れ合いのシステムがいつまでも続くことになる。たまに一人の人間を殺人犯扱いするような人権侵害を犯しても、損害の天秤にかければなお、こうしたシステムは自分たちにとって有益だとマスコミは考えているように思えてしまう。だとすれば、マスコミが常に唱える「社会的使命」「社会正義のために」「社会の木鐸」といった自らの役割は、実に虚しいものになってしまうのではないか。」(242-243ページ)

  

  

 ねつ造記事をブログに掲載した山口正洋氏を産経新聞は、「政治報道に携わる者が啓蒙(けいもう)を受けるネット上での政治談議のなかの人気サイト、人気ブロガー」と最大級の賛辞を用いて報道した。

  

 毎日新聞は山口氏をアルファブロガーとして、写真入りのインタビュー記事で紹介した。朝日新聞は山口氏が執筆する「ぐっちーさん ここだけの話」の連載記事を「AERA」誌に掲載している。

 

これらのメディアは、山口氏が訴えた福島中央テレビアナウンサーによるコラム記事盗用疑惑を大きく報道し、山口氏のコメントを掲載し、福島中央テレビならびにアナウンサーに責任をとらせている。

 

したがって、これらのメディア各社は、山口氏が、私が巻き込まれた重大事案に関連して、ネット上の重大なイメージ操作をねらって創作されたと見られるねつ造記事を掲載した事実について、厳正な調査をしたうえで、適正な報道と対応を示す責務を負っている。毎日新聞社デジタルメディア局の磯野彰彦次長(6月25日に局長に昇格予定)は同氏のブログに事実関係を調査中とのコメントを発表しているが、産経朝日両社はこれまでのところ、対応策を示していない。

 

 

私は私の巻き込まれている冤罪事件の全貌を明らかにしてゆきたいと考えている。巨大な闇と力が横たわっていることは間違いないと思う。マスメディアが政治権力により支配されている現状では、ネット上での情報発信を中核に草の根の運動を展開してゆかなければならないと思う。

 

幸いなことに、ネット社会には多くの心ある市民が多数存在している。微力の私の声を確実に正しく伝えてくれる人々が少なからず存在する。明治維新は人口3000万人の時代の3000人が成し遂げた事業であると伝えられている。人口1億人の時代の1万人の志ある有為の者は、社会を変革する力を秘めていると私は信じている。不正義、不正は最後には裁かれるときが来るはずである。ネット上の心ある人々の純粋な声は私に大いなる力を与えてくれている。

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2008年6月 7日 (土)

NY株価急落と当面の内外経済金融情勢

 66日のNY株式市場で株価が急落した。NYダウは前日比394ドル下落し、12,209ドルに達した。詳細な分析は『金利・為替・株価特報200867日号』に記述したので、レポート読者はこちらを参照いただきたいが、NYダウは20072月以来の大きな下げ幅を記録した。

  

  

 本ブログ62日付記事「当面の内外経済金融情勢」に記述したように、NYダウは12,500ドルラインでの攻防を続けていた。NYダウは本年310日に11,740ドルまで下落したのち反発に転じて51日に13日以来4か月ぶりに13,000ドル台を回復し、52日には13,058ドルまで上昇した。

  

 その後は12,700ドルから13,000ドルのレンジを中心にもみ合いで推移したが、520日以降に再び下落基調を強めて523日には12,479ドルまで下落していったん12,500ドルを下回った。しかし、その後反発に転じて、529日には12,646ドルまで反発した。

  

  

 62日付記事にも記したように、NY株式市場の最大のリスクファクターは原油価格の高騰である。原油価格の代表的指標であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)522日に1バレル=135ドル台の史上最高値を記録した。NYダウは原油価格急騰を背景に523日にかけて下落した。

  

 しかし、その後原油先物取引市場での相場操縦疑惑などが浮上して、WTI価格はいったん1バレル=121ドル台にまで下落した。原油価格下落を大きな背景にしてNYダウは529日に12,646ドルまで反発した。

  

  

 ところがその後、NYダウは530日から64日まで4営業日連続で下落し、64日には12,390ドルまで下落した。MBIAやアムバックなどの「モノライン」と呼ばれる金融保証会社の格付けが引き下げられるとの憶測や大手証券リーマン・ブラザーズの資金繰り悪化懸念が伝えられたことなどが株価下落の要因になった。

  

 だが、65日には米国小売業大手の4月の売上高が前年比3%増加したことなどが明らかになって、NYダウは前日比214ドル上昇して12,604ドルまで反発した。しかし、66日に394ドル下落して12,209ドルに下落した。

  

  

 66日の株価急落は原油価格急騰と同日発表の5月雇用統計が米国経済の悪化を鮮明に印象付けたことによって生じた。66日、米国大手証券のモルガン・スタンレーは原油価格が74日までに1バレル=150ドルまで上昇するとのレポートを発表した。レポートに反応する形で原油価格は急騰し、一時1バレル=139ドル台をつけ、1バレル=138ドル台で取引を終えた。前日比上昇幅は10ドルを超え、原油価格は史上最高値を更新した。

  

 また、5月雇用統計では非農業部門の雇用者が前月比4.9万人減少して5ヵ月連続の雇用者減少を記録した。また、失業率は4月の5.0%から一気に0.5%ポイント上昇して5.5%にまで達した。株式市場は景気悪化とインフレの同時進行という「スタグフレーション」のリスクを感じ取り、株価急落で反応したのである。

  

  

 62日付記事でも記述したように、NYダウが12,500ドルを大幅に下回ると、本年1月と3月の安値でのダブルボトム形成によるNY株価底入れ仮説が大きく揺らいでしまう。NYダウは昨年109日の14,164ドルから本年310日の11,740ドルまで、2424ドル、17.1%下落した。この株価下落を株価下落第1波動とし、52日の13,058ドルを起点に株価下落第2波動が始動しているとの見方も浮上してくる。

  

 52日の13,058ドルを起点に2424ドル下落すると、NYダウは10,634ドルまで下落してしまうことになる。66日にNYダウが12,209ドルまで下落してこれまでの攻防ラインであった12,500ドルを大幅に下回ったことで、当面、NY株価の下落圧力に十分な警戒を払わなければならない状況が生じている。

  

  

 焦点は原油価格の推移とFRB(連邦準備制度理事会)の政策対応だ。FRBのバーナンキ議長は、63日の講演で利下げ政策の中断を示唆するとともにインフレおよびドル下落に対する強い警戒感を表明した。FRBは本年1月以降に利下げ政策を急激に強化したが、3月中旬のベア・スターンズ社危機を収拾したことで、緊急避難的な対応策にひとつのけじめをつける局面を迎えたと判断していると考えられる。

  

 米国格付け大手のS&P62日にモルガン・スタンレー、メリル・リンチ、リーマン・ブラザーズの大手証券3社、65日にMBIAとアムバックのモノライン大手2社の格付けを引き下げるなど、サブプライム問題に関連した金融機関の格付け引き下げや大手金融機関の追加損失拡大などの問題は今後も残存すると考えられ、FRBの政策姿勢は極めて慎重だと予想される。しかし、FRBが金融危機回避からインフレ懸念払拭に軸足を移し始めていることは間違いないと考えられる。

  

  

 問題は原油価格の急騰がいつまで、どの水準まで持続するのかだ。原油価格の騰勢が続く間はFRBのインフレ警戒姿勢は強まりこそすれ、弱まることは考えられない。NY株式市場は金融引き締め警戒感から株価下落の反応を示す可能性が高い。

  

 サブプライム金融危機を契機とする資産価格下落-金融不安拡大-景気悪化の悪循環が米国経済金融市場に残存しており、そのなかでのインフレ懸念拡大は株式市場にとっての大きな重しになる。

  

  

 日本企業の株価は日経平均株価が317日に11,787円の安値を記録して以降、堅調に推移してきた。日経平均株価は66日には14,489円まで上昇して、19日の14,599円以来の高値を記録した。年初来高値は14日の14,609円で、あと120円の水準にまで株価は反発した。

  

 66日のNY市場で株価が急落したことを受けて、週明けの東京市場では株価が急落すると予想されるが、昨年79日から本年317日にかけての株価下落が大幅で、日本の株価が絶対水準として大幅に割安な水準にあると判断されることから、317日の安値を下回るような株価急落は想定し難い。

  

 詳しい分析は『金利・為替・株価特報200866日号』に譲るが、日本の株価変動が米国の株価変動に強く連動していることは明らかであり、当面は米国経済、金融政策と米国金融市場の推移を注目しなければならない。

  

  

 ECB(欧州中央銀行)は65日に2008年、2009年の経済、物価改定見通しを公表し、同日ECBトリシェ総裁が記者会見した。一方、530日発表の5月のユーロ圏15ヵ国消費者物価指数上昇率は3.6%4月から0.3%ポイント上昇して、本年3月に並んで史上最高値を記録した。

  

 ECBが発表した2008年の消費者物価上昇率見通し予測中間値は3月段階の2.9%から0.5%ポイントも上方修正されて3.4%に改定された。ECBのインフレ率目標値は「2%未満」である。物価の現状および見通しは目標値を大幅に上回っており、ECBも物価警戒姿勢を強めている。

  

  

 ECBのトリシェ総裁は65日の記者会見で、「次回会合で小幅利上げを実施する可能性を排除しない」と述べた。ECBの次回金融政策決定会合は73日に開催される。トリシェ総裁のECB追加利上げに関する言及は単なる言葉の上での牽制ではないと判断される。

  

  

 日本銀行総裁に白川方明氏が就任して約2ヵ月が経過した。白川氏は新総裁としての職務を着実にこなし、無難なスタートを切った。金融政策、金融システム両面の理論、実務に明るく、日銀総裁としての要件を十分に満たしている。記者会見でも自分の言葉で政策決定の背景を詳しく説明することができ、日銀総裁の本来あるべき姿が示されている。

  

 中央銀行総裁会議でも他国の中央銀行幹部と十分に討議することが可能であり、望ましい人事が実現したと評価できる。今後の課題は米欧がインフレ警戒で足並みをそろえるときに、日本銀行が適時適切な対応を示せるかどうかだ。

  

 日本国内には日銀の金利引き上げ政策を極度に嫌う政治勢力が存在している。日本の行き過ぎた金融緩和政策が円安を生み、日本経済のプレゼンスを低下させていることにも留意しなければならない。政治に対する今後の白川総裁の金融政策についての説明ぶりが注目される。

  

 

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2008年6月 6日 (金)

誤解招く「負担減少7割」政府説明と沖縄県議選の関係

 「カナダde日本語」「神州の泉」「雑談日記(徒然なるままに、。)ならびに「国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」」の主宰者様、早速、ブログ等で私のメッセージをご紹介くださいましてありがとうございました。深く感謝申し上げます。本当の意味で日本をCHANGEさせるために、心ある者が結束、協働することがとても重要な意味を持つ時期にさしかかっていると思います。それぞれに考え方や主張に違いがあるのは当然だと思いますが、小異を捨てて大同につき、力を合わせて腐敗した現状を打破してゆくことが大切だと思います。私も微力ではありますが、より望ましい社会を構築するために努力してまいる所存です。今後ともご指導ならびにご支援賜りますよう謹んでお願い申し上げます。

 

  

 財務省職員のタクシー業者からの利益供与がニュースとして伝えられている。私は1985年から1987年まで大蔵省に勤務した。当時からタクシーチケットは多用されていた。私がタクシーで帰宅することは極めて少なかったが、私が見聞した状況を含めて問題を考えてみたい。

  

 当時の状況と現状がどこまで共通しているのかは分からない。私なりに感じたことを記述しておく。タクシーチケットを使うのは主にキャリア職員だった。たしかに、遅くまで仕事をする部署は多かったが、問題もあった。

  

 若手職員の残業代は全体の予算金額の制約があるために比例按分されていた。比例按分の根拠に用いられていたのが、退庁時刻記載表だった。タイムカード管理ではなく、ノートに本人が記載する簡便なものだったが、残業代の算出根拠がノート記載の退庁時刻とされていたために、どうしても退庁時刻を遅く記載しようとのインセンティブが働いてしまっていた。また、役所に遅くまでいること自体が、一種の義務であるような空気も支配していた。

 その結果、夕刻5時を過ぎて、各種会合などに出席したのちに、いったん役所に戻る職員が圧倒的に多かった。宴会などが終了した後に役所に帰る官僚を見て、一般の人々は仕事熱心だと思ってしまうことが多いが、その理由が残業代の確保だったり、タクシーでの帰宅であったりすることも多いのが実態である。もちろん、仕事が残っている場合もないわけではない。キャリアでない職員はそれでも電車のある時刻に退庁することが多かった。しかし、キャリア職員のなかには帰宅のほとんどにタクシーを使用する者もいた。

  

 キャリアでない職員の登庁時刻は正規の始業時刻だが、キャリア職員の登庁時刻はほとんどが午前10時前後であった。部署によっては職員がもっと早く登庁するところもあったかも知れないが、多くの部署で上記の勤務状況が実態であったと思う。

 電車がなくなる深夜にタクシーで帰り、朝10時に登庁する勤務スタイルは、生活のリズムの面でも経費の面でも合理的でないと思う。予算審議の時期は、翌日の国会での質問事項が明らかになるのが夕刻以降にずれ込み、深夜に想定問答が作成され、さらに文書課が総括して政府答弁案を確定するまで待機しなければならないから当該部署では深夜勤務が強制されるが、そのような事情がないのに深夜まで職員が役所に居残るケースが多く、役所のなかで酒盛りをしている部署もあった。

  

 タクシー券は各部署に無制限に配分されているわけではないが、特別会計を所管している部署ではタクシー券が潤沢に用意されていたようだった。朝、一般企業と同様の時間帯に始業し、昼間の時間帯に集中的に仕事をこなし、夜電車が走っている時間帯に退庁する勤務体系に改めることは十分に可能だと思う。その方が国民負担も少なく、職員も健康的な生活スタイルを享受できるはずだ。官僚は昼間も集中的に仕事をし、しかも深夜まで激務をこなしていると思われがちだが、実情はかなり違っていた。

 予算審議、法案提出、税制改正などの特殊事情が発生すれば当該部署は激務になるから、上記の事情が全面的にあてはまるわけではないが、非効率、不合理が広範に広がっているのが実情だった。

  

 タクシー代は国民の税金から賄われている。業務の事情でやむをえずタクシーを利用するのなら、その費用を税金から捻出することは正当だが、現在支出されているタクシー代の大半は、勤務慣行の改変によって削減できると思われる。

  

 障害者自立支援法、後期高齢者医療制度、高齢者や母子世帯への生活保護費圧縮など、本当に財政支出を必要とする人々に対する政府支出が冷酷に切り込まれている。人口構成の高齢化に伴って、社会保障財政が深刻な状況に直面することは十分に理解できる。国民負担の増大は将来的には避けて通れないと思う。

 しかし、国民に負担増加を求めるなら、まずは官の部門の無駄を排除することが先決である。官の無駄の中心は天下り利権であり、天下り利権の根絶がどうしても必要だと思うが、それ以上の問題が、官僚部門が国民の幸福をまったく考慮せずに官僚部門の利害ばかりを考える思考回路にあると思う。 

  

 中央官庁に勤務するキャリア職員のなかには、すべての帰宅に役所のタクシーチケットを利用しているケースもあると思われる。社会保障支出を切り込み、増税や社会保障負担の増加などで、国民負担を増大させる前に、官僚部門の膨大な無駄を排除することが先決である。

  

  

 こうしたなかで、後期高齢者医療制度導入に伴う高齢者の負担増減に関する政府の調査結果が報告された。民主党、共産党、社会民主党、国民新党の野党4党は、参議院で後期高齢者医療制度を廃止する法案を可決する見通しである。政府試算は制度存続を主張する政府が、野党に対抗するために提出したものである。

  

 後期高齢者医療制度の問題を3点指摘しておく。

   

 第1は、高齢の国民を「後期高齢者」として切り分けたことだ。罹患率の高い高齢者だけで構成される医療制度を構築し、制度を運営する経常経費の1割を高齢者に負担させることになれば、高齢者の負担金額が絶対額として激増することは目に見えている。負担には限界があるから、当然医療水準を切り詰める結果がもたらされることになる。終末期医療についての高齢者本人の意思を確認すると国から報酬が支払われる制度にも、この政府の狙いが如実に表れている。高齢者を敬い、高齢者の尊厳を重視する姿勢が完全に欠落している。「姥捨て山制度」との批判は正鵠を射ている。

  

 第2は、第1の点と重なるが、高齢者の保険料負担増大速度が非高齢者の保険料負担増大速度をはるかに上回ると試算されていることだ。この点は民主党の長妻昭議員が繰り返し訴えている。厚生労働省が示している試算によれば、2015年時点での高齢者の保険料増加率が非高齢者の負担料増加率の約2倍に達するのだ。高齢者に過大な負担を強いると同時に、必要な医療が大幅に切り込まれることは火を見るより明らかである。また、高齢者は制度を維持するための拠出金以外に窓口での負担を負うのである。罹患率の高い高齢者の負担は激烈なものになる。「高齢者いじめ」としか言いようがない。

  

 第3は、新制度と現行制度を比較すると「7割の高齢者の負担が減少する」との政府説明が誤解を生じさせかねないことだ。6月8日の沖縄県議会選を控えて、政府が試算根拠の詳細を十分に示さずに「7割が負担減少」のコピーだけを流布しているとすれば極めて悪質だ。

   

 この問題点を3つ指摘しておく。①まず、政府が「7割が負担減少」と言うからには、詳細な積算根拠が提示されなければならない。政府が選挙に際して虚偽を述べた実例が存在しているだけに、詳細な根拠の示されない試算結果を鵜呑みにするわけにはいかない。

 ②後期高齢者に該当する人口は約1300万人だが、そのうち約200万人はこれまで所属する世帯の被扶養家族として、保険料負担を課されていなかった。この200万人の負担は確実に増大する。この200万人を含めると「7割の高齢者の負担が減少」が「55%」に急低下することが判明している。新制度での負担を論じる際にこの200万人を含めていないのは、意図的な情報操作と言われてもやむをえまい。

   

 ③新たな制度における負担水準は、新たな制度の定常状態での負担水準で計算しなければ意味がないことだ。テレビでよく見られる「歴史雑誌シリーズ創刊」などの広告では、1冊700円の価格が「創刊号だけ200円」などというケースがある。新築賃貸住宅の賃料が「当初2ヵ月は無料」などのキャンペーンも見かける。住宅ローンの返済が当初の5年間は少額であるなどの事例も、日本での「ゆとりローン」、米国での「サブプライムローン」などで存在する。

   

 制度間の比較は、定常状態での比較でなければ意味がない。「激変緩和措置」や政府の見直し案などの影響で当初のみ負担が少ない場合、この低水準の負担と旧制度を比較して「負担が減少する」などと表現するのはミスリーディングである。仏を装った制度発足当初の姿が、時間の経過とともに鬼の形相に変化するのでは困るのだ。

  

 積算根拠の詳細が示され、新たに負担が発生する200万人を含み、当初の激変緩和措置を除いた定常状態での負担金額について、旧制度と比較した数値が明らかにされなければ、論議は成り立ちようがない。野党は詳細な数値を政府に求めるべきで、政府は速やかにすべてを公開する責務を負っている。仮に新制度での高齢者の負担が当初は低下するとしても、中期的に高齢者の負担が突出して拡大するなら、本質的な問題は解消しない。制度を白紙に戻して中期的な制度設計を再構築する必要がある。

   

   

 後期高齢者医療制度をいったん白紙に戻し、医療制度改革を抜本的に再検討するべきだ。野党の後期高齢者医療制度廃止の主張は筋が通っている。福田政権が直近の有権者の意思を反映している参議院の決定を、3分の2条項を用いた3たびの衆議院での再議決に引き続いて否定、無視するなら、参議院がその行為を問責決議可決で糾弾しても、いささかの反論の余地もないはずだ。その場合には、福田政権が直ちに総辞職ないし解散総選挙の決定を下すべきである。それが憲政の常道である。

  

  

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2008年6月 5日 (木)

支援くださっているみなさま

ブログを開設して日が浅く、初歩的な問題に戸惑ってしまうことが多いが、心ある皆様方のお力で多くの方に当ブログを読んでいただき心より感謝している。出典を明らかにしていただければ当ブログからの引用や転載は自由であるし、引用や転載をして下さることによって一人でも多くの人に私が発信する情報を知っていただけることはとてもありがたいことと感じている。

このブログにはいまのところリンクを張っていないが、リンクを張って下さることは私としては大変ありがたいことで大歓迎である。私が巻き込まれた冤罪事件に関して多くの皆様が暖かいメッセージとご尽力を注いできてくれた。改めてこの場を借りて心よりお礼申し上げたい。

 

冤罪事件に関しては、とりわけ以下のブログが詳しい情報を提供して下さってきたので、ご紹介させていただくとともに、ぜひご高覧賜れればありがたく思う。下記ブログ以外にも身に余る支援をして下さってきているブログがいくつも存在するが、ここではその一部だけを紹介させていただく。これらのブログが提供してきてくれたさまざまな貴重な情報を、私も大変に活用させていただいてきた。記して厚くお礼申し上げる。 

(50音順)

植草一秀氏の事件

 

植草一秀氏を応援するブログ

 

植草事件の真相

 

一秀君の同級生のブログ

 

国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」

  

雑談日記(徒然なるままに、。)

 

神州の泉

 

副島隆彦の学問道場

「気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板」

 

HIBIKI-KURENAI-SOKO 

  

Benjamin Fulford

 

mojoコメント備忘録

  

 また、刑事、民事の弁護団の先生方には本当に身に余るご指導とご尽力を賜ってきている。この場をお借りして改めてお礼申し上げたい。

  

   

対外的な情報発信においては

NPJ(News for the People in Japan)

 

日本経済復活の会

 

連帯運動

 

から多大なお力をいただいてきている。

 

現在上告審にて係争中の刑事事件に関しては、2007年4月に私が事件に巻き込まれた電車に偶然乗り合わせた男性が名乗り出てくれた。まったく面識のないこの男性が、多大の負担を負いながら法廷で証言してくださり、現場におられたのでなければ語れない、説得力のある証言をしてくださった。無実の真実を客観的な視点から目撃され、その真実を法廷でありのままに証言してくれたことの意義は何にも増して重大なものであった。

私にとっての救世主となったこの証人は、法廷で私の無実を証明する決定的証言を示してくださったばかりに、検察官からの不当で執拗な攻撃にさらされた。正義の証人がこのような不当な取り扱いを受けるのでは、勇気をもって真実を証言する証人は名乗り出ることをためらうようになってしまう。権力に支配されたメディアが私を総攻撃するなかで、純粋な正義感から法廷に立って下さった証人に心からの敬意と感謝の念を強く感じるとともに、不当に歪められた公判運営によって、この勇気ある証人が不合理な辛い思いをされたことを大変に申し訳なく思う。

  

証人の男性は本人が見たままの話を何らの予備知識なく話されたが、私の無実を証明する決定的な証言をしてくれた。裁判所は驚くべき不当な判断を下したが、この証人が真実をありのままに話されたことは疑いの無いところである。「植草一秀氏被告事件控訴審第1 回公判傍聴記」に概要が示されているのでご高覧賜りたい。より驚愕を与えたのは、マスメディアがこの重要証人の重大な証言内容をまったく報道しなかったことだ。報道しなかったと言うより、事実を著しく歪曲して報道した。ここにも、私が巻き込まれた事件の特殊性が浮かび上がっている。

 

「神州の泉」ブログ主宰者の高橋博彦氏は事件発生当初より、この事件の特殊性を鋭く指摘して、多くの重要な指摘を示して下さってきた。政治経済問題に関する私の主張にも深い理解を示してきて下さっている。法廷において私は、弁護団との協議のうえで謀略事案と断定する仮設を提示してこなかったが、あらゆる可能性を否定してきたわけではない。

また、私の民事、刑事にまたがる訴訟および冤罪事件に関連して、高橋清隆氏、ひらのゆきこ氏が多くの客観的な分析をニュース記事として執筆してきてくれた。

高橋清隆氏はlivedoorPJニュース

「植草一秀元教授に聞く 痴漢えん罪事件と権力の闇(1)」

「植草事件控訴審、まともな審理なく棄却」

をはじめとする多くの貴重な記事を執筆、掲載してきてくれた。

また、ひらのゆきこ氏はJANJANニュース

「『アサヒ芸能』の記事は嘘っぱち!「植草一秀氏名誉回復訴訟」判決」

「「控訴棄却判決は不当」植草被告が上告へ」

をはじめとする多くの記事を執筆、掲載してきてくれた。

 

  

他方、私がスリーネーションズリサーチ株式会社の公式サイトに執筆してきたコラム記事、ならびに本ブログに掲載したコラム記事を以下のサイトをはじめとして多くのサイトが頻繁に紹介してきてくれている。

晴天とら日和

 

 

喜八ログ

 

憲法と教育基本法を守り続けよう

 

情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)

 

クマのプーさんによる阿修羅掲示板への投稿

 

4つの目で世の中を考える

 

玉川上水(武蔵野)の事務所から...

 

ミクロネシアの小さな島ヤップより

 

_~山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう~

  

本ブログでの6月3日付記事「敵を欺くにはまず味方を欺く」手法に警戒すべし」_~山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう~ブログが非常に分かりやすい書式に変換して情報提供してくれている。

 

ここに紹介させていただいたサイト以外にも非常に多くのサイトが、身に余る応援を示してきてくれている。お名前を紹介できないことから、大変ご無礼を申し上げてしまうが、のちの機会にまた改めてお示しさせていただければと思う。

 

まったく面識の無いブログの主宰者、ニュース記事執筆者が、純粋な善意から身に余るご支援とご尽力を注いできて下さったことに厚くお礼申し上げる。私は巨大な理不尽、不条理に直面しているが、多くの人々の温かな心に支えられて、微力ながら前進させていただいている。このことは拙著『知られざる真実-勾留地にて-』にも詳しく記述させていただいた。

いかなる弾圧に直面しようとも、良心と信念に従って発言を続けてゆく覚悟である。今後とも変わらずご理解とご支援を賜りたく、謹んでお願い申し上げる。私の巻き込まれた事件などに関する情報が上記のサイトを含めて多くのサイトから提供されている。お時間の許す範囲で、ぜひさまざまな情報に目を通していただければと思う。

 

 

中年金融マンぐっちーさんこと山口正洋氏が、2006年9月13日夜の事件発生直後の9月14、15日に、事実無根のねつ造記事をブログに掲載した。この問題を本ブログで記述してきたが、山口氏をアルファブロガーとして大きく取り上げた毎日新聞デジタルメディア局次長の磯野彰彦氏が、事実関係を確認しているとのことであるので、まずは調査結果の公表を注視することにする。

 

 

この問題について、アルファブロガー賞を受賞されている「カナダde日本語」の美爾依さんがコラム記事を掲載された。私が6月2日付記事に「アルファブロガーそのものの問題点を指摘する声もある」と記述したのは、山口正洋氏のブログが推薦された経緯に不透明なものがあるとの情報を私が目にしたからだ。

説明が不十分で誤解を与えかねない表現だったことをお詫び申し上げたい。「カナダde日本語」などの人気のある素晴らしいブログが入賞されていることに疑問を感じているわけではない。美爾依さんも指摘されているように、一部ブログの推薦過程が不透明であるとの批評を生むような選考プロセスは排除されるべきだと思う。

 

山口氏がしばしば言及する「かんべえ」さんこと吉崎達彦氏は自民党代議士との関わりが非常に深く、サンデープロジェクトの田原総一郎氏とのつながりに強い政治的背景が存在することが推察される。この問題については、いずれかの機会に記述したいと思う。

 

 

現在係争中の刑事事件についての情報も適宜公表して参りたい。メディアが伝えない真実、真相、深層を示す情報を一人でも多くの心ある人々に伝えることを目指して、微力ながら努力してまいりたい。今後ともご理解とご支援を心よりお願い申し上げたい。 

 

 

また、当ブログのリンクならびに人気ブログランキングへのクリックもなにとぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

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2008年6月 3日 (火)

「敵を欺くにはまず味方を欺く」手法に警戒すべし

テレビ番組は最も効率の良い世論操作のツールである。全国ネット放送の視聴率1%は約100万人の国民が情報を受け取ることを意味するといわれている。1000人の聴衆を集めた演説を1000回行って達成される情報伝達がテレビ番組を使えば1%の視聴率で達成されてしまう。20%となれば2000万人だ。その効果は想像を絶する。テレビ番組は世論操作の最重要ツールである。

 

小泉政権はテレビ、新聞、スポーツ紙、週刊誌、デジタルメディアのあらゆるメディアを世論操作に総動員し始めた政権と伝えられている。その後の政権も基本的にその手法を継承している。

テレビ、新聞の日本の主要メディアは政治権力によるメディア・コントロールの主翼を担う存在である。本来メディアは社会の木鐸として政治権力と距離を保ち、独自の視点から現状を批判的に検証し、国民に伝達する役割を担うべきものだった。しかし、現実のマスメディアは権力機関の一端としての役割を積極的に担う存在に堕してしまっている。

権力に対峙し、権力の不正を糾弾する真のジャーナリストはブラウン管から完全に排除されつつある。多くの言論人が経済的・社会的動機から率先して権力の走狗になり下がっている。政治権力は権力の走狗を自認する言論人を重用し、マスメディアにその起用を働きかける。

 

NHKもその財務基盤を政治権力に握られているために、例外ではなくなっている。真実を洞察できるごく少数の国民はメディア・コントロールの実情をおぼろげながらも認識しているが、偏向した情報を一方的に受け取り続けるうちに、正常な感覚を失ってしまいがちになる。一種の洗脳状況が生まれてしまう。

 

フジテレビ月曜9時ドラマ「CHANGE」が政治的背景を背負って放送されているとの指摘がある。読者1万2000人を超すメールマガジンである、まぐまぐ大賞政治部門第1位の「国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」」は、このドラマについても示唆に富む論評を多く公表している。

小野寺氏は、このドラマの第1回放送での、阿部寛扮する199勝1敗の選挙プランナー韮澤勝利が主演の木村拓哉扮する朝倉啓太(第3話で総理大臣に就任)に叫ぶ、

 

「いいか 選挙は日本でできる唯一の戦争だ」

  

の台詞が小泉元首相の元秘書官である飯島勲氏の著書「代議士秘書-永田町、笑っちゃうけどホントの話」(講談社文庫)第二章78ページからの小章「選挙は日本でできる唯一の戦争だ」末尾(82ページ)にある、
  

教訓「選挙とは武器を使用しない、日本でできる唯一の戦争なり。

敵をあざむくにはまず見方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」

  

とピタリと符合すると指摘している。

  

このドラマはドラマとしては極めて異例の5月12日にスタートしたが、ドラマのクライマックスを現実の政治日程に重ね合わせるための日程設定とも考えられる。小泉元首相、小池百合子氏、中川秀直氏などが小泉チルドレンを糾合して新派閥ないし新党を結成する可能性も否定できない。この流れの延長上に自民党総裁交代を実現させて、総選挙に向かう戦術が検討され始めているとも考えられる。

  

 昨日6月2日放送の第4話では、首相に就任したばかりの朝倉啓太首相がダム建設に伴うクラゲ大量発生による漁業被害に関する行政訴訟について、「いちいち全部謝罪して補償していればこの国は破産する」との反対論を押し切って、国に非があるなら補償するのは当然だとの理由から、「国は控訴しないことに決めた」と述べ、漁業補償を実行するストーリーが展開された。ドラマのなかでの内閣支持率は一段と上昇した。

  

 小泉政権が発足した直後の2001年5月23日、ハンセン氏病国家賠償訴訟について小泉首相は控訴断念の決定を示した。ドラマがこの事例を下敷きにしていることは明白である。小泉政権はこの問題で控訴断念したが、その後は障害者に多大な困難を強いる「障害者自立支援法」を障害者が命懸けで反対運動を展開したにもかかわらず成立させ、高齢者医療を実質的に切り捨てる「後期高齢者医療制度」を導入する法律を強行採決で成立させている。ハンセン氏病訴訟での控訴断念決定は当然だが、小泉政権の決定が支持率上昇を目的としていた疑いは濃厚だ。

  

上記著書のなかの言葉、

「敵をあざむくにはまず見方をあざむく。これ権謀術数の第一歩と心得よ」

に注目しなければならない。

  

現在、政治の舞台で論議の対象になっている「国家公務員制度改革」と「増税問題」。国家公務員制度改革基本法が成立する見通しになったことを、政府は強くアピールしている。しかし、その内容は評価できるものでない。政権支援番組と化しているテレビ朝日「サンデープロジェクト」は、渡辺喜美行革担当相をスタジオに招き、政府決定を絶賛するが、法律は極めて中途半端なものである。

  

 私は10年来、公務員の天下り制度根絶を主張してきた。1999年に上梓した拙著『日本の総決算』(講談社)でも、第5章「官僚主権構造」、第7章「平成ニューディール」に、第1種国家公務員制度の廃止と天下り禁止についての主張を詳述した。公務員に終身雇用を保証した上での天下り禁止の主張を『現代日本経済政策論』(岩波書店)、『ウエクサレポート』(市井文学)にも示してきた。

日本の最大の構造問題が、財務省を中核とする「官僚主権構造」にあることを私は訴え続けてきた。「官僚主権構造」の問題は、①官僚機構が意思決定の実権を握っている、と同時に、②官僚機構が国民の幸福を追求せずに、自己の利益増大を追求していること、③政治がこの現状を「改革」しようとせずに「温存」していること、である。

 

成立しようとしている新しい国家公務員制度は真に問題を解決するものでない。能力・実績主義が用いられるといっても、採用枠の区分、省庁別の採用は残存する。キャリアでない職員からの幹部登用が行われるにしても、それは例外的な運用にすぎない。

各省庁による天下りあっせんを禁止して、内閣府人事局が官僚の再就職を一元管理することになっても、その人事局に各省庁から人員が送り込まれ、実質的にこれまで同様の天下りを実現することができる。これまで存在した2年間の再就職禁止規定が取り除かれれば、天下り制度は逆に制度的に補強されることになる。

 

小泉政権以来の常套手段は、与党内に反対論を存在させ、政府決定がその反対を押し切って決定されたように装うことである。政権が与党内の強い反対を押し切って新制度を導入したとの演出を凝らす。政府御用の報道番組はその装いの上に「報道」の装飾をさらに重ね合わせる。

 

自民党内でこれから「財政再建派=増税派」VS「上げ潮派=歳出削減派」の対立が演出されることになる。「上げ潮派」は消費税の増税よりも歳出削減、「小さな政府」を主張し、財務省とも対立する素振りを示すと考えられる。

財政再建派は社会保障制度の安定性確保のための消費税増税を主張する。だが、総選挙を控えて与党が増税方針を最終的に決定する可能性はゼロである。最後は「歳出削減派」が勝利する。小泉元首相と中川秀直氏を中心とする新しい政治勢力が自民党を最終的に代表することになるだろう。麻生氏が担がれる可能性もある。同時に自民党は選挙に不利な増税も真剣に論じる政党であることをアピールする。

 

すべては、総選挙での政権交代を回避するための戦術である。「上げ潮派=歳出削減派」は財務省と対峙する素振りを示すが、裏では確実に繋がっていると考えられる。歳出削減派の主張する「小さな政府」は「弱者を切り捨てる小さな政府」であって、「官僚利権を根絶する小さな政府」ではない。その明白な根拠は、日本政策投資銀行、国際協力銀行、国民生活金融公庫の制度改革に際して、「天下り禁止」が盛り込まれなかったことだ。私はこの問題が最も分かりやすいリトマス試験紙であると主張し続けた。

 

「上げ潮派」の主張する経済成長による財政収支改善と政府の無駄排除は私の持論である。この考え方を取り入れたことは評価できるが、本当に官僚利権を排除するのかどうかは疑わしい。

日銀人事で福田政権が最後まで財務省からの天下り維持に執着したことも、この実態を象徴している。今国会での日銀副総裁人事決定が見送られる可能性が高まっているが、日銀法には国会閉会中には内閣が日銀人事を決定できるとの規定があり、財務省利権を死守しようとする福田政権が、国会閉会中に国民の意思に反する人事を決定する暴挙に出るリスクがないとは言い切れない。

 

日本社会は権謀術数に依存する政治権力とそのメディア・コントロールによって破壊され尽くされようとしている。国家公務員制度改革を形にし、歳出削減を重視する装いをまとう政治主張に、多くの国民が欺かれてしまう危険が充満している。表層に見られる細かな事象から政治権力の権謀術数を洞察し、メディアが伝えない真相、深層を、一人でも多くの心ある国民に伝えなければならないと思う。

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2008年6月 2日 (月)

スリーネーションズリサーチ株式会社公式サイトメンテナンス作業について

 スリーネーションズリサーチ株式会社の公式サイトが、ドメイン移転に伴う作業のため、現在開かない状況になっております。サイトご高覧の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、数日中に復旧する予定ですので、なにとぞご理解賜りますようお願い申し上げます。

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「中年金融マンぐっちーさん」こと山口正洋氏によるブログ記事ねつ造問題について

 私が巻き込まれた冤罪事件に関するねつ造記事をブログに掲載した山口正洋氏は同氏のブログを再開したものの、この問題に関する説明を一切行っていない。同氏は同氏のブログ記事が福島中央放送のアナウンサーに盗用された問題を激しく非難し、適正な対応を求めたのであり、「人間としてのプライド」をもって自分の行った問題に対応する必要がある。

 

山口氏をアルファブロガーとして紹介した毎日新聞記事でインタビュアーを務めた毎日新聞デジタルメディア局次長の磯野彰彦氏は、同氏のブログに6月25日付でデジタルメディア局長に昇格することを記述している。代表的なマスメディアの一角を占める新聞社の要職にあることを考えれば、私の提起した問題を無視することはできないはずだ。また、アルファブロガーそのものの問題点を指摘する声もある。

磯野氏は私が公表した山口氏のブログ記事ねつ造問題について記述した池田信夫氏のブログでの5月25日付記事「崩壊する「日本ブランド」」に、コメントの書き込みをしていると見られる。磯野氏自身による書き込みかどうかを確認することができないが、書き込みには同氏の姓名が記載されている。

 

6月1日付の同氏の姓名記載のコメントには以下の文章が記されている。

 

「毎日新聞の磯野彰彦です。

今年1月に「ぐっちー」さんにインタビューをして、毎日新聞の総合情報サイト「毎日jp」に記事を掲載しました。

彼の本名、肩書きも知ってはいますが、ブロガーとして話を聞きましたので、実名は掲載していません。それが匿名にした理由です。

「毎日jp」はブログとブロガーの力は大きいと考えていますので、何人かに話を聞いて、始めた理由やどのような思いで続けているか、などを記事にしています。

最初のシリーズは「アルファブロガー・アワード」に選ばれた人の中から10人を選び、取材しました。私と同僚が皆さんのブログにざっと目を通し、面白そうだったブログの書き手にお願いをしました。

植草さんとのやりとりは、今回のことがあるまで知りませんでした。私のインタビュー記事に虚偽の内容があったとは考えていませんが、彼の過去のブログの内容に「捏造」があったとすれば、問題があると私は考えます。現在、本人に問い合わせをしています。」

 

このコメントに対してブログ主宰者の池田信夫氏は以下のコメントを掲載している。

 

「当事者からのコメント、ありがとうございます。植草氏の件をご存じなかったとしても、過去の記事をみれば、ポリーニに演奏をほめられたとか、マンデルと小泉首相の通訳をしたとか、虚言癖があることはすぐわかりますよね。この程度の裏を取ることは、ジャーナリストの基本だと思うのですが。

しかし当のぐっちー氏は、植草氏の件については何も釈明しないまま、ブログを再開しています。AERAも、今週も彼のコラムを連載している。それに比べれば、ちゃんと説明する磯野さんが一番まともですね。」

 

池田氏のブログ上の磯野彰彦名によるコメントが磯野氏自身によるものであるなら、毎日新聞社は事実関係を確認したうえで、適正な対応を示すことになると思われる。デジタルメディア界での重要問題に対して責任ある言説を示す責任を負う、マスメディアの一角に位置する同社の今後の対応を見守りたい。

 

朝日新聞社が発行する週刊誌AERA最新号(200869日号)には、山口氏が執筆する連載記事「ぐっちーさん ここだけの話」が掲載されている。朝日新聞の今後の対応を注視しなければならない。

産経新聞の5月5日付記事政界混迷で注目浴びる「ネット政談」 人気ブロガー「やってられないわ」断筆宣言」が取り上げた、最近の政治情勢を批判する3名のブロガーは「ぐっちー」こと山口正洋氏、「雪斎」こと櫻田淳氏、「かんべえ」こと吉崎達彦氏であり、同記事の著しい政治的偏りを示している。

吉崎氏はテレビ朝日番組「サンデープロジェクト」のコメンテーターを務めているが、「サンデープロジェクト」の偏向と深層については機会を改めて論じたいと思う。小泉政権はデジタルメディア上での情報操作に初めて本格的に取り組んだ政権と言われるが、産経記事はその片鱗を浮かび上がらせている。

産経新聞も上記記事を掲載している以上、この問題に対する事実関係の調査と結果の公表について責任を負っている。

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当面の内外経済金融情勢

内外の株式市場では本年3月中旬を転換点に、株価上昇が観察されている。NYダウは51日に本年13日以来4か月ぶりに13,000ドル台を回復し、52日に13,058ドルまで上昇した。その後、523日には12,479ドルまで下落して、昨年816日のザラ場安値12,517ドルを下回り、下落トレンドへの移行が警戒された。NYダウが12,500ドルを大幅に下回ると、本年1月と3月の安値によるNYダウのダブルボトム形成の見方に修正を迫られる。

しかし、NYダウは523日以降、上昇に転じて529日には12,646ドルまで反発した。NYダウは12,500ドルが重要な下値抵抗ラインになっており、この水準を下回らずに上昇すれば本年1月、3月の安値での底値形成の可能性が強まることになる。

 

日経平均株価は515日に14,251円まで上昇し、317日の安値11,787円から2464円、20.9%の上昇を示したのちに米国市場に連動して小幅下落した。526日には13,690円まで下落して25日移動平均を下回ったが、その後、反発に転じて14,338円まで上昇し、110日の14,388円以来の高値を記録した。

 

昨年夏以降に内外株式市場で株価が下落した背景に米国のサブプライム金融危機が存在する。サブプライム危機は典型的な不動産金融不況の一類型で、不動産価格下落を出発点として不良債権の増加と経済悪化が相互に作用し合って断ち切りがたい悪循環を形成してきた。問題が進行すると大手金融機関の破たんが表面化して金融システム全体が大きなリスクにさらされることになる。

事態の深刻化を回避するためには悪循環を断ち切る施策が必要で、①マクロ経済政策による景気悪化回避、②金融機関損失の早期開示と自己資本増強、③金融システム危機を回避するための政策当局の明確な決意と行動、が求められる。この問題については531日付記事2003年株価暴落の深層(1)-危機対応の日米較差-」に記述した。

 

サブプライム金融危機に対して米国は迅速かつ効果的な対応を実行してきた。FRBの積極的な金利引き下げ、ブッシュ政権の景気対策決定、金融機関の損失早期開示と自己資本増強、FRBによるベア・スターンズ社買収資金融通など、上記の①~③の施策が次々と実行に移された。その結果、米国金融市場の動揺は最小限にとどめられていると評価できる。

 

原油価格の高騰が続き、米国でインフレ懸念が残存していることがリスクファクターだ。原油価格高騰が持続するとFRBによる金利引き上げを警戒しなければならなくなる。FRBが利上げを決定すれば株式市場には大きなショックが走ると考えられる。原油価格の指標であるWTI522日に1バレル=135ドル台に上昇したのちに小幅下落しているが、先高観測は依然として根強い。

世界の投資資金が原油先物市場に流入していることが原油価格上昇の一因であると指摘されているが、ポールソン米国財務長官は世界的な原油需要増加が価格上昇の主因であるとの見解を示している。原油価格の今後の推移を慎重に見定めることが求められる。

 

原油価格動向と米国金融政策の先行きに不透明感が残存するが、金融危機に対する米国の迅速な対応を背景に、米国株式市場の不安定性が後退し、日本の株式市場の基調が底堅くなってきている点に留意が必要だ。東証第1部上場企業の20093月期予想利益基準の株価収益率(PER)529日終値基準で17.22倍、益利回りは5.80%である。10年国債新発物利回りは1.75%で両者のかい離であるイールドスプレッドは4.05%で、株式の割安感は依然として強い。

 

530日発表の4月鉱工業生産指数は季節調整後前月比0.3%低下して昨年4月以来の低水準を記録したが、5月予測指数は前月比4.7%増加が見込まれており、生産活動が急激に落ち込んでいるわけではない。同日発表の4月全国消費者物価上昇率は生鮮食品を除くベースで前年同月比0.9%上昇したが、3月の1.2%上昇からは低下した。

日本の株式市場での株価上昇局面では、短期間に大幅に株価が上昇することが多い。米国株式市場が堅調を維持する場合、日本の株価が2008年後半にかけて一般的予想を大幅に上回って上昇することも考えられる。日本株式に対する投資が大きなチャンスを迎えている可能性を無視できない。

 

527日発表のS&Pケース・シラー住宅価格指数は、全米主要10都市の1戸建て住宅価格が3月に前年比15.3%下落したことを示した。統計開始以来最大の下落率を更新した。米国の不動産金融不況が最悪期を脱したのかどうかについては慎重な検討が求められるが、金融機関損失に伴う資本増強などの対応が極めて迅速であることは重要なポイントであると考えられる。

 

為替市場においては、一般的に米ドルが下落傾向にあると理解されているが、昨年半ば以降、米ドルの中期的トレンドに変化が観察されている点に注視が必要だ。米ドルは2001年以降、日本円を除く主要通貨に対して趨勢的な下落傾向を示してきた。しかし、昨年11月以降に英ポンド、加ドル、本年4月以降にユーロに対して小幅反発を示している。

原油価格高騰に連動して資源国通貨の豪ドルは、対米ドルで24年ぶりの高値水準で推移しているが、全体として米ドルの下落傾向が弱まっていることには留意が必要である。日本円も本年3月には127ヵ月ぶりの円高水準を記録したが、日本の利上げ可能性が消滅し、米国の利下げが中断する見通しが強まるなかで、その後は米ドルが小幅反発している。円高・ドル安傾向持続見通しの見直しが求められる。

 

債券市場では、米国長期金利の上昇に連動して日本の長期金利が大幅に上昇した。新発10年国債利回りは529日に約10ヵ月ぶりに1.8%台に上昇した。3月から5月末までの長期金利上昇幅は0.6%ポイントで、この期間の米国長期金利上昇幅をやや上回っている。

一般に株価最下落地点が長期金利の最低地点と重なる。セオリー通りの市場変動が生じているが、日本の債券市場では相場の転換点で債券価格の大きな変動が観察されることが多い。長期金利大幅上昇のリスクが存在するから、債券投資家には十分な注意が求められる。

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2008年6月 1日 (日)

小学館『女性セブン』が謝罪文を掲載

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 私が提起した5件の名誉毀損損害賠償請求訴訟のうち、対小学館(「女性セブン」)訴訟は、本年4月4日に100万円の支払いと「お詫び」、および「お詫び」文の「女性セブン」誌への掲載との内容で和解が成立した。また、対徳間書店(「アサヒ芸能」)訴訟(平成19年(ワ)第9898号 損害賠償請求事件)では、5月21日に、被告に対し、原告に190万円の支払いを命じる判決が下された。このことは、すでに5月22日付記事「「アサヒ芸能」名誉毀損損害賠償請求訴訟で勝訴」、5月25日付記事「「正義派」ジャーナリスト」でお伝えした通りである。

 既述したように、私が小学館との和解に応じたのは、和解内容に謝罪広告の掲載が盛り込まれ、和解成立によって、通常の名誉毀損損害賠償請求訴訟での勝訴判決と同等、あるいはそれ以上の成果を獲得できることになったことと、対朝日放送訴訟での争点が小学館訴訟の結果と密接に関わることを重視したためである。

 対朝日放送訴訟は、同社が2006年9月21日に放送した「ムーブ!」と題する番組の「ムーブ!マガジンスタンド」というコーナーにおいて、朝日放送が「植草一秀容疑者痴漢で示談7回の過去」とのテロップを表示しながら、同日発売された小学館発行の女性週刊誌「女性セブン」の私に関する記事を紹介し、「私が痴漢を行った過去7件の被害者について、示談が成立したために、これらの事件が明るみに出なかった」との事実無根の情報を伝える放送を行ったことについて、私の人格権を著しく侵害する不法行為であるとして名誉毀損損害賠償を求めて東京地方裁判所に訴えを起こしたものである。

 小学館は「女性セブン」2008年6月12日号(5月29日発売)に私に対する謝罪文を掲載した。上記囲み記事がそのコピーである(サイズは拡大)。「『痴漢で示談7回』の過去」」は事実無根であり、事実無根の当該報道や当該報道を事実と断定して放送したテレビ放送および放送内でのコメンテーターの無責任発言などによって、事実無根の情報が著しく増幅されて一般読者や視聴者に流布され、私に対する間違ったイメージが一般読者や視聴者に植え付けられた事実は非常に重く、このことによって人格権を侵害された私の損害は重大である。

 また、本ブログで取り上げた山口正洋氏のブログでのねつ造記事は2006年9月13日夜に発生した冤罪事件の翌日翌々日に掲載されており、マスメディアだけでないネット情報を含めた一連のイメージ操作が、綿密に計画されて実行されたのではないかとの疑念を生じさせる。山口正洋氏につながる人脈は、私が経済政策論を通じて批判した対象と深く関わっているようにも見受けられる。

 山口正洋氏のブログ記事が福島中央テレビのアナウンサーによって盗用されたニュースを大きく報道し、また、山口氏をアルファブロガーなどとして称賛する記事を掲載した毎日新聞産経新聞や、山口正洋氏による連載記事「ぐっちーさん ここだけの話」を「ぐっちー」のペンネームで掲載している「アエラ」を発行している朝日新聞は、山口氏のねつ造記事掲載問題をこれまでのところ報道していない。

 代表的なマスメディアである各社がこの問題に頬かむりすることは許されない。適切な対応を強く求める。

 

   

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